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はやい秋
はやいあき
作品ID59975
著者山川 方夫
文字遣い新字新仮名
底本 「親しい友人たち 山川方夫ミステリ傑作選」 創元推理文庫、東京創元社
2015(平成27)年9月30日
初出「ヒッチコック・マガジン 第四巻第一〇号」宝石社、1962(昭和37)年9月1日
入力者toko
校正者かな とよみ
公開 / 更新2021-12-12 / 2021-11-27
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 東京に帰ってきた彼は、見違えるように逞しくなって、ひどく日焼けしていた。ほとんど毎日海で泳ぎ、鼻のあたまの皮も、三、四へんは剥けたようだという。
 だが、ふしぎにその日、彼には元気がなかった。こっちがいくらエンジンをかけようと努力しても、すぐ彼の目はうつろになり、いつのまにか、窓越しにまだ早すぎる秋の空をぽかんとみつめている。
 なんとか気分を変えねばならなかった。私は煙草に火をつけ、からかうようにいった。
「いったい、どうしたんだ? 彼女にでもふられたのか?」
 彼は、すると怒ったような目つきで、私の顔をながめた。鼻のさきでわらった。
「……ふん。ふられたなんて。でも、ふられるほうがまだましかもわからないな。とにかく、ぼくはアタマに来ちゃったんだ」
 それから、彼はゆっくりと話しだした。

 今年も海はジャリでいっぱいでね。落着いて泳げるようになったのは、やはり八月の半ばを過ぎてからだったな。土用波が来はじめてね、ジャリたちはむろんのこと、もっぱら示威的に海岸を歩きまわるだけの女たちも、それにチョッカイを出すので夢中な男たちも、おっかながってほとんど海に近寄らなくなる。こういうときなんだよ、海が、ぼくたち純粋に海をたのしむ連中だけのものになるのは。……
 あれは、八月の十六日のことだ。その日は月おくれのお盆とやらで、土地の人間は海に入らない。ぼくが同級生の牧田と海岸でぱったり顔を合わせたのも、その日だった。
 牧田も今年は一家でその海岸に来ているんだといった。東京の家も近かったし、べつに仲の悪い友達じゃない。いや、仲が悪くなるほどつきあったことがない、といったほうが正確かな。まったく、面白くもおかしくもないやつでね、牧田という男は。
 その日も、一人前にアクア・ラングの道具かなんかを得意げに肩にかついでてね。あんなものは子供のおもちゃさ。要するにお子様族なんだよ、牧田は。
 でも、友達は友達だ。つきあいというやつは一応だいじにしなくちゃいけない。ちょうど、二百メートルほど沖に岩があってね、あの岩までひとつ競泳をしようじゃないか、とだからぼくはいった。……どうせやつはしょっちゅう心臓が悪いとか血圧がどうだとか、中年男みたいなことをいっては勝負ごとから逃げだす弱むしだ。たぶん途中で消えてなくなってくれるだろう、そうぼくは思ったんだ。いわば、ぼくはこの提案によって友達としてのつきあいと、その友達からの解放を、同時に手に入れようとしたのさ。もちろん、やつも同じようなことを考えたんだと思う。めずらしく素直にO・Kした。
 ぼくと彼とはいっしょに海に駈けこんだが、案のじょう、すこし泳ぐうちに、ぼくは自分一人の水音しか聞こえないのに気づいた。やつはほんのちょっぴり水に浸かってぼくという「友達」への義理をはたし、岸へ引き返したのにきまっている。が、気づかないふりでぼくは…

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