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曇天
どんてん
作品ID59990
著者永井 荷風
文字遣い新字新仮名
底本 「21世紀の日本人へ 永井荷風」 晶文社
1999(平成11)年1月30日
初出「帝國文學 第拾五卷第三」大日本圖書、1909(明治42)年3月
入力者きりんの手紙
校正者入江幹夫
公開 / 更新2021-05-12 / 2021-04-27
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 衰残、憔悴、零落、失敗。これほど味い深く、自分の心を打つものはない。暴風に吹きおとされた泥の上の花びらは、朝日の光に咲きかける蕾の色よりも、どれほど美しく見えるであろう。捨てられた時、別れた後、自分は初めて恋の味いを知った。平家物語は日本に二ツと見られぬ不朽のエポッペエである。もしそれ、光栄ある、ナポレオンの帝政が、今日までもつづいていたならば、自分はかくまで烈しく、フランスを愛し得たであろうか。壮麗なるコンコルトの眺めよ。そは戦敗の黒幕に蔽われ、手向の花束にかざられたストラスブルグの石像あるがために、一層偉大に、一層幽婉になったではないか。凱旋門をばあれほど高く、あれほど大きく、打仰ごうとするには、ぜひともその下で、乱入した独逸人が、シュッベルトの進行曲を奏したという、屈辱の歴史を思返す必要がある。後世のギリシヤ人は太古祖先の繁栄を一層強く引立たせる目的で、わざわざ土耳古人に虐げられていたのではあるまいか、自分は日本よりも支那を愛する。暗鬱悲惨なるが故にロシヤを敬う。イギリス人を憎む。エジプト人をゆかしく思う。官立の大学を卒業し、文官試験に合格し、局長や知事になった友達は自分の訪ねようとする人ではない。華族女学校を卒業して親の手から夫の手に移され、児を産んで愛国婦人会の名誉会員になっている女は、自分の振向こうとする人ではない。自分は汚名を世に謳われた不義の娘と腕を組みたい。嫌われたあげくに無理心中して、生残った男と酒が飲みたい。晴れた春の日の、日比谷公園に行くなかれ。雨の降る日に泥濘の本所を散歩しよう。鳥うたい草薫る春や夏が、田園に何の趣きを添えようか。曇った秋の小径の夕暮に、踏みしく落葉の音をきいて、はじめて遠く、都市を離れた心になる……
 自分は何となく気抜けした心持で、昼過ぎに訪問した友達の家を出た。友達は年久しく恋していた女をば、両親の反対やら、境遇の不便やら、さまざまな浮世の障害を切抜けて、見初めて後の幾年目、やッとの事で新しい家庭を根岸に造ったのだ。その喜ばしい報道に接したのは、自分が外国へ行ってちょうど二年目、日本では梅が咲く、しかしかの国ではまだ雪が解けない春の事で、自分は遠からず故郷へ帰ったならば、何はさて置き、わが出発の昔には、不幸な運命に泣いてのみいた若い男、若い女、今では幸福な夫と妻、その美しい姿を見て、心のかぎり喜びたいと思っていた。しかし自分はどうした訳であろう。ただ何という事もなくがっかりしたのだ。一種の悲愁と、一種の絶望を覚えたのだ。ああ、どうしたわけであろう。どうしたわけであろう。
 毎日の曇天。十一月の半過ぎ。寂とした根岸の里。湿った道の生垣つづき。自分はひとり、時雨を恐れる蝙蝠傘を杖にして、落葉の多い車坂を上った。巴里の墓地に立つ悲しいシープレーの樹を見るような真黒な杉の立木に、木陰の空気はことさらに湿って、冷かに人…

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