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美しい家
うつくしいいえ
作品ID60007
著者横光 利一
文字遣い新字旧仮名
底本 「定本 横光利一全集 第二卷」 河出書房新社
1981(昭和56)年8月31日
初出「東京日日新聞」1927(昭和2年)年1月17日
入力者丹生乃まそほ
校正者きりんの手紙
公開 / 更新2021-03-17 / 2021-02-26
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 ある日、私は妻と二人で郊外へ家を見付けに出て行つた。同じ見付けるからには、まだ一度も行つたことのない方面が良いといふ相談になつた。
 私達はその日一日歩き廻つた。夕方には、自分達の歩いてゐる所は一体どこなのだらうと思ふほどもう三半器官が[#「三半器官が」はママ]疲れてゐた。
 草に蔽はれた丘の坂が交錯し合つて穏かな幕のやうに流れてゐた。人家はばう/\とした草のために見えなかつた。
「おい、こゝはどこだらう。」と私は妻にいつた。
「私もこんな所知らないわ。」
「おれはもう、へとへとだ。」
「私もよ。私、もう歩くのがいやになつた。」
「ぢや、こゝで休まうか。陽が暮たつて、いゝぢやないか。」
「さうね、暮たつて別にかまはないわね。」
「休まう。」
 私は草の中へ腰を降ろすと煙草を取り出した。妻も私の横へ座つて落ちついたらしく、暮て行く空の色を眺めてゐた。――
(こゝで、私と妻とが同じやうに疲れたといふことが、私達一家の間に、大きな悲劇をもたらした原因であつた。)――

          ○

 しかし、私はたゞ何も知らずに煙草を吹かせてぼんやりとしてゐただけである。このぼんやりとしたゆるんだ心理の続いてゐる空虚な時間に、黙々として私達の運命を動かせてゐた何物かがあつた。それは一体何物であつたのか。私はふと、私のぼんやりしたその空虚な心のなかから、急に、かうしてゐてもはじまらない、今日中に家を見つけなければ、と思ふあわたゞしい気持ちが、泡のやうにぽつかりと浮き上つて来た。
「おい、もう一度家を捜さう。疲れついでだ。今日中に捜してしまつて、それからゆつくり落ちつかうぢやないか。」
「ええ、さうしませう。」と妻はいつた。
 疲れてはいけない。疲れると判断力がなくなるものだ。私達は疲れた心でまた家を捜しに出かけていつた。
 ある草に包まれた丘の上に、私達は一軒の家を見つけ出した。
「あの家は貸家かな。戸が閉つてゐるね。あれは貸家だよ。」
 私と妻とはいきなりその家の周囲をぐる/\廻つた。
「こゝはいゝね。高いし、庭は広いし、花はあるし、朝起きても日にあたれるし。」
 私の言葉の速度が疲れた妻の心を動かした。
「ええ、いいわね、ここにしませうか。」
「ここにしよう、ここがいい。」
 そこで二人は大家へ行つて部屋の様子をきき正した。私達はもう家そのものはどうでも良かつた。たゞ自分達の疲れた身体に一時も早く得心を与へるために直ぐその家を借りようといふ気になつた。

          ○

 その家へ越して来たのは、それから一週間もしてからだつた。私はその家が自分の家になつてから、初めて良く家の中を見廻した。すると、私は急に、「いやだ。」と思つた。どうしてこの明るい家の中に、こんな暗さがあるのだらうと考へた。北側に一連の壁があるこれだ。――しかし、私は間もなく周囲の庭に咲き…

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