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幸福な一家
こうふくないっか
作品ID60067
著者アンデルセン ハンス・クリスチャン
翻訳者矢崎 源九郎
文字遣い新字新仮名
底本 「人魚の姫 アンデルセン童話集Ⅰ」 新潮文庫、新潮社
1967(昭和42)年12月10日
入力者チエコ
校正者木下聡
公開 / 更新2021-02-23 / 2021-01-27
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 この国でいちばん大きな青い葉といえば、それは、スカンポの葉にちがいありません。その葉を取って、子供がおなかの上につければ、ちょうど前掛けのようになります。それから、頭の上にのせると、雨が降っているときには、雨がさのかわりになります。この葉は、なにしろ、ものすごく大きいのですから。
 スカンポというのは、一本だけで生えているということはありません。一本生えているところには、きまって、幾つも幾つも生えているものです。そのありさまは、たいへんきれいです。そして、この美しい葉は、カタツムリの大好きな食べ物なのです。むかし、身分の高い人たちが、よいお料理につかった、大きな白いカタツムリは、スカンポの葉を食べて、「フン、こいつはうまいぞ」と、言ったものでした。なぜって、カタツムリは、ほんとうにおいしいと思ったからです。カタツムリは、スカンポの葉を食べて生きていました。ですから、スカンポの種が、畑にまかれたのです。
 さて、古いお屋敷がありました。お屋敷の人たちは、もう、カタツムリを食べなくなっていました。カタツムリは、すっかり死にたえてしまったのです。ところが、スカンポのほうは、死にたえるどころか、ふえにふえて、道という道、花壇という花壇にまで、ひろがっていました。もう、どうしようもありません。まるで、スカンポの森のようなありさまです。ただ、あっちこっちに、リンゴの木とスモモの木が立っているだけでした。その木でもなかったなら、ここが庭だったと思うことは、とてもできなかったでしょう。まったく、どこもかしこもスカンポばかりなのです。――
 そこに、ずいぶん年をとったカタツムリが、二ひきだけ生きのこって、住んでいました。
 このカタツムリたちは、自分たちの年がいくつか知りませんでした。けれども、自分たちは、もとはもっと大ぜいだったことや、よその国から来た一家の者だったことや、自分たちと仲間のために、このスカンポの森が植えられたことなどは、よくおぼえていました。このカタツムリたちは、森の外へ出たことは、一度もありませんでした。でも、外の世界には、お屋敷というものがあることは、ちゃんと知っていました。そして、そのお屋敷で、みんなが料理されて、まっ黒になって、それから、銀のお皿にのせられることも、よく知っていました。しかし、それからどうなるのか、その先のことは知りませんでした。それに、料理されて、銀のお皿にのせられることが、いったいどういうことなのか、このカタツムリたちには考えもつかなかったのです。それにしても、すばらしくて、しかもりっぱなことにちがいない、とは思っていました。コガネムシや、ヒキガエルや、ミミズにきいてみても、だれひとり、説明してくれることはできませんでした。もちろん、だれも料理されたり、銀のお皿にのせられたりした者はないのですから、むりもないわけです。
 年とっ…

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