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人形つかい
にんぎょうつかい
著者アンデルセン ハンス・クリスチャン
翻訳者矢崎 源九郎
文字遣い新字新仮名
底本 「人魚の姫 アンデルセン童話集Ⅰ」 新潮文庫、新潮社
1967(昭和42)年12月10日
入力者チエコ
校正者木下聡
公開 / 更新2020-08-04 / 2020-07-27
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 いかにも楽しそうな顔つきをした、かなりの年の人が、汽船に乗っていました。もし、ほんとうにその顔つきどおりとすれば、この人は、この世の中で、いちばんしあわせな人にちがいありません。じっさい、この人は、自分で、そう言っていましたよ。わたしは、それを、この人自身の口から、ちょくせつ聞いたのです。
 この人は、デンマーク人でした。つまり、わたしと同じ国の人で、旅まわりの芝居の監督だったのです。この人は、一座のものを、いつもみんな、引きつれていました。それは、大きな箱の中にはいっていました。というのも、この人は人形つかいだったからです。この人の話によると、生れたときから陽気だったそうですが、それが、ある工科大学の学生によって清められ、そのおかげで、ほんとうにしあわせになったということです。
 わたしには、この人の言う意味が、すぐにはわかりませんでしたが、まもなく、この人は、その話をすっかり説明してくれました。これが、そのお話です。
 あれはスラゲルセの町でしたよ、と、この人は、話しはじめました。わたしは、駅舎で芝居をやっていたんです。芝居小屋もすばらしいし、お客さんもすばらしい人たちでした。といっても、おばあさんが二、三人いたほかは、みんな堅信礼もすんでいない、小さなお客さんたちでしたがね。
 するとそこへ、黒い服を着た、学生らしい人がきて、腰かけました。その人は、おもしろそうなところになると、かならず笑って、手をたたいてくれました。こういう人は、ほんとにめずらしいお客さんなんですよ。そこで、わたしは、この人がどういう人か、知りたくなりました。人に聞いてみると、地方の人たちを教えるために、つかわされてきている、工科大学の学生だということでした。
 わたしの芝居は八時におしまいになりました。だって、子どもたちは、早く寝なければいけませんでしょう。わたしたちは、お客さまのつごうを考えなければなりませんからね。九時になると、学生は講義と実験をはじめました。今度は、わたしが聞き手にまわりました。
 しかし、講義を聞いたり、実験を見たりしているうちに、なんだか、とてもふしぎな気持になりましたよ。たいていのことは、わたしの頭をすどおりしてしまいましたが、これだけは、いやでも考えさせられましたね――われわれ人間が、こういうことを考えだすことができるとすれば、われわれは、地の中にうめられるまでに、もっと長生きできてもいいはずだが、とね。
 あの学生のやったことは、ほんの小さな奇蹟にすぎませんでしたが、なにもかもが、すらすらといって、まるで、自然に行われているようでした。モーゼや預言者の時代であったら、あの工科大学の学生は、国の賢者のひとりとなったにちがいありません。それが、もし中世の時代だったら、おそらく、火あぶりにされたでしょうよ。
 その晩、わたしは一晩じゅう、眠れませんでした…

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