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米と貧しさ
こめとまずしさ
作品ID60102
著者山本 周五郎
文字遣い新字新仮名
底本 「暗がりの弁当」 河出文庫、河出書房新社
2018(平成30)年6月20日
初出「朝日新聞」1961(昭和36)年8月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者noriko saito
公開 / 更新2025-11-17 / 2025-11-16
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 仕事に必要なため、この四月中旬に十日あまり北国地方をまわって来た。そのとき、越前、加賀、越中、越後の至るところで、気の遠くなるほど広大な平野がみな稲田であり、すなわち米を作っている、ということを見て心から驚いた。
 私はいま関東平野の一ぐうに住んでいて、どっちへいっても耕地の大部分が稲田であることを知っている。また、北海道から九州まで、日本国土の八割方まで旅行した経験もあるから、わが国の農地で米作の占める面積がいかに大きいか、ということもほぼ知っていたのであるが、こんどほどその事実の動かしがたさに驚いたことはなかった。ここも稲田じゃないか、と私は同行の若い友人に向かって、あたかもそれがその若い友人の責任であるかのようにいった。また稲田だ。見たまえ、また田んぼだ。あれも稲田だ、と私はいった。どこでもかしこでも米を作ってる、いったいこんなに至るところで米を作ってどうしようというんですか、と私はいった。同行の若い友人は、あたかもみずからの責任であるかのように恥ずかしそうにもじもじしながら、そうですね、ひどいもんですね、弱りましたですね、といった。
 さきごろ米価問題でもめたから、ニュース・バリューをねらってこんなことをいうなどと思わないでいただきたい。これは四月のことだから、それらはまだ刈り田で、ごくまれに土をすき返しているところがある程度だった。けれども私にはその広大な茶色の平野が、いちめんに青々と波打つ稲、黄色くうれた稲によって、びっしり塗りつぶされる景色もありありと想像することができた。
 片っ端から田をひろげ米を作る、と私は同行の友人にいった。収穫した米を腹いっぱいに詰め込んで、めしのげっぷをしながら田をひろげ、平地で足りなくなると丘から山の上までひろげてゆき、そうして収穫した米をノドまで詰め込んでは、食い飽きた顔でげっぷをしている。ひどいものだ、これはりっぱな悪循環ですよ、と私は若い友人にいった。詳しくは知らないが、日本の農業試験場のおもな仕事は、稲の改良と増産の研究にかかりきりのようである。もちろん他の作物の研究もしていることはたしかだろうが、攻撃目標が伝統的に「米」へ主力を注入していることはたしかでしょう。なにしろみずほのくにというのがこの国の原初的な誇号なのだから。そうして稲を改良し農薬を使って増産し、そのため木を切り倒し、丘をくずし、農薬のため川魚が滅亡し、ホタルがいなくなっても、腹いっぱいめしを食べてげっぷができれば、なにも文句はないといったようすである。
 私の幼年時代に、高島米峰という人がいて、「タクアンと茶づけめしばかり食べていると日本は亡びてしまう」といい、すさまじい反論の包囲攻撃を受けた、ということを伝聞した。これは正確な話ではないかもしれないが、私はその趣旨には同意したいと思う。米を主食にする民族を考えてみると、あまり文化水準の高…

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