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日録
にちろく
作品ID60111
著者山本 周五郎
文字遣い新字新仮名
底本 「暗がりの弁当」 河出文庫、河出書房新社
2018(平成30)年6月20日
初出「日本読書新聞」1961(昭和36)年11月
入力者特定非営利活動法人はるかぜ
校正者noriko saito
公開 / 更新2026-05-16 / 2026-05-13
長さの目安約 11 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

  ×月×日
 今年もまた百舌鳥がやって来た。この仕事場を借りて以来、毎年こいつと喧嘩である。もう十数年になるから、初めのころのやつの曾孫くらいに当るだろう。代々「あそこへいってからかってやれ」と言い継がれているのではないか、「やつはかんしゃくを起こすから面白いぞ」とも言われているのではないかと思う。そのくらいしつっこく、仕事場のすぐ前にある灌木林へやって来て、ぎゃあぎゃあぺちゃぺちゃ鳴き喚き、騒ぎたてるのである。癪に障るから縁側へ出ていって、「なんだ」とどなると「ぎゃあ」と答える、「なんの用だ」とどなると「ぎゃぎゃぎゃ」と答え、次に私がなにを言うかを待っている。まるで、さあ面白くなってきたぞと、ほくほくしながら手を擦り合わせているようすが見えるようだ。黙っているとまた、独りでやかましく喚きちらしはしゃぎまわって飽きない。こっちはそれでなくとも仕事がおそいほうで、いつも締切に追われているから、しだいにかんしゃくが起こってき、庭へおりて小石を拾い集めると、やつをめがけて投げつける。やつはそれを待ってでもいたように、いっそう陽気になり、枝から枝へとび移りながら、耳をつんざくような声で喚きたて、嘲弄する「当りませんよ、お気の毒さま、さあお投げなさい、そら外れた」そんなおひゃらかしを言っているようで、こっちは投げるべき小石が無くなってしまい、慰やすことのできないかんしゃくを背負ったまま、仕事場から逃げだしてしまう。つまり、また仕事がのびるというしだいなのである。どういうこんたんがあって神さまがやつのような図太く恥知らずなやくざ者を創造されたのか、私はその精神を聞きたいと思う。今年は喧嘩をするのはよして、どうにかやつとあいびあってゆきたいと思うが、それもやつの出かたによってきまることである。

  ×月×日
 某映画社から或る短篇を「研究させてもらいたい」といって来た。この社は研究心の旺盛な気風とみえ、毎年一度はきまってそういう問い合せが来るし、今年はこれで春から三度めである。「研究する」ことは先方の自由であって、こちらには拒絶する権利はない。法的にも道徳的にも拒む理由はないが、うっかりするとこれを、契約した、というすり替えをやられるので、その点をはっきりさせておかなければならない。――というのもよけいなことだ、私のものなど映画になる気づかいはないのだから。

  ×月×日
 日課の外出で昼食にそばをたべたあと、場末の映画館へはいった。古い外国映画の三本立であるが、うしろ側の古い三つめの席にいる客が、前の席の背板へ両足をのせて見ていた。私の掛けている席の右、中一つおいた席へ足がにゅっとでているわけで、その汚れた逞ましい足から、汗と膏が匂ってくるように思われた。まもなく、五十がらみの小柄な紳士が――というのは背広を着て革鞄を抱えているということであるが――その「足の突出…

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