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![]() りょかんについて |
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作品ID | 60118 |
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著者 | 山本 周五郎 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「暗がりの弁当」 河出文庫、河出書房新社 2018(平成30)年6月20日 |
初出 | 「朝日新聞 PR版」1965(昭和40)年1月 |
入力者 | 特定非営利活動法人はるかぜ |
校正者 | noriko saito |
公開 / 更新 | 2025-08-10 / 2025-08-07 |
長さの目安 | 約 16 ページ(500字/頁で計算) |
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私は国外旅行の経験はないし、これからもそんなことはしないつもりである。したがって外国の事情にはまったく無知であるが、近ごろの旅館のマンモス化は、世界共通の現象であるのかどうかを知りたいと思う。尤も客のほうもマンモス化で、観光バスをずらっと並べてくりこむ、というのがめだってきた。私の仕事場の下は、三浦半島から湘南地方へゆく、ちょっとした裏街道になっているが、春秋の旅行シーズンになると、少なくて四、五台、多いのになると十台以上の団体観光バスがつながって通る。
――一千名さまはいオッケー。という某旅館のコマーシャルをT・Vで見聞したとき、私はすぐに食中毒のことを考えた。旅行シーズンはまた陽気の変りやすい時期であり、一千名さまの予約を、はいオッケーと受けた旅館の料理場を想像すると、ぞっとさむけがするのは私だけであろうか。もちろんそういう旅館はスタッフ全員が専門家であるから、客に食中毒を起こさせるような手ぬかりはないに相違ない。客のほうでもそこは覚悟ができていて、ちっとやそっとのことでは中らないような解毒剤を用意してゆくのが、常識だそうである。
私はマンモス旅館に泊ったことはない。団体旅行というのもしたことがないし、将来もしないであろうことは確実と云ってよい。にもかかわらず、このように非難めいた拙文を綴るのは、去年の夏、二度にわたってからきめにあったからだ。S社のS誌で拙作のグラビアを載せることになり、担当の若い記者、カメラの人、それに案内役の若い友人という四人づれで、北国街道の今庄から、山中、粟津と写真を撮ってまわった。
山中温泉にはずっと若いころいったまま、三十年以上もたった、いまから数年まえ、二度めに取材のためおとずれ、去年が三度めの訪問であった。旅館は数年まえに泊ったのと同じ吉野屋であり、たいそう気にいったのでまた泊ったわけである。建物が大きく立派であるのに、サービス・スタッフも熟練していてこころよかった。私たちは夕食をたべ、菊五郎というお姐さんの山中節を聞きながら、かなり更けるまで飲んで寝た。寝るときは酔っていたのでわからなかったが、眼がさめてみると私は一人で寝ているのに気がついた。
「ははあ」と私は呟いたものだ、「おれだけおいてきぼりをくわせたな」
枕許にはウィスキーとビールと、水、グラスなどが揃っている。私はビールを一杯呷り、次にウィスキーの水割りを作った。窓をあけると外は緑濃い樹立で、下からは黒谷川の急流のさわやかな音が聞えてくる。私は流れの音を聞き、樹立の緑を眺め、水割りを啜りながら待った。もうすっかり夜が明けているし、三人の同伴者がいつまでも寝ている筈はない。もうあらわれるだろう、と待っていたのである。けれどもかれらは杳として音も沙汰もない、咳をする声さえ聞えない。私はてっきりかれらが寝すごしているのだと思った。
「よし」と私は云った、「…