えあ草紙・青空図書館 - 作品カード
楽天Kobo表紙検索
いいなずけ
いいなずけ |
|
作品ID | 60149 |
---|---|
著者 | アンデルセン ハンス・クリスチャン Ⓦ |
翻訳者 | 矢崎 源九郎 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「人魚の姫 アンデルセン童話集Ⅰ」 新潮文庫、新潮社 1967(昭和42)年12月10日 |
入力者 | チエコ |
校正者 | 木下聡 |
公開 / 更新 | 2021-05-08 / 2021-04-27 |
長さの目安 | 約 6 ページ(500字/頁で計算) |
広告
広告
こまとまりが、ほかのおもちゃのあいだにまじって、同じ引出しの中にはいっていました。あるとき、こまが、まりにむかって言いました。
「ねえ、おんなじ引出しの中にいるんだから、ぼくのいいなずけになってくれない?」
けれども、まりは、モロッコがわの着物を着ていて、自分では、じょうひんなお嬢さんのつもりでいましたから、そんな申し出には返事もしませんでした。
そのつぎの日、おもちゃの持ち主の小さな男の子がきました。男の子は、こまに赤い色や、黄色い色をぬりつけて、そのまんなかに、しんちゅうのくぎを一本、うちこみました。こまが、ブンブンまわりだすと、ほんとうにきれいに見えました。
「ぼくを見てよ」と、こまは、まりに言いました。「ねえ、今度は、どう? いいなずけにならない? ぼくたち、とても似合ってるもの。きみがはねて、ぼくが踊る。きっと、ぼくたちふたりは、だれよりもしあわせになれるよ」
「まあ、そうかしら」と、まりが言いました。「でも、よくって。あたしのおとうさんとおかあさんは、モロッコがわのスリッパだったのよ。それに、あたしのからだの中には、コルクがはいっているのよ」
「そんなこといや、ぼくだって、マホガニーの木でできているんだよ」と、こまが言いました。「それも、市長さんが、ろくろ台を持っているもんだから、自分で、ぼくを作ってくれたんだよ。とっても、ごきげんでね」
「そうお。でも、ほんと?」と、まりが言いました。
「もし、これがうそだったら、ぼく、もう、ひもで打ってもらえなくったって、しかたがないよ」と、こまは答えました。
「あなた、ずいぶんお口がうまいのね」と、まりは言いました。「でも、だめだわ。あたし、ツバメさんと、はんぶん、婚約したのもおんなじなのよ。だって、あたしが高くはねあがると、そのたびに、ツバメさんたら、巣の中から頭を出して、『どうなの? どうなの?』ってきくんですもの。それで、あたし、心の中で、『ええ、いいわ』って言ってしまったの。だから、はんぶん婚約したようなものでしょ。でも、あなたのことは、けっして忘れないわ。あたし、お約束してよ」
「うん、それだけでもいいや」と、こまは言いました。そして、ふたりの話は、それきり、おわってしまいました。
あくる日、まりは、外へ連れていかれました。こまが見ていると、まりは、鳥のように、空高くはねあがりました。しまいには、見えないくらい、高くはねあがりましたが、でも、そのたびに、もどってきました。そして、地面にさわったかと思うと、すぐまた、高く飛びあがるのでした。そんなに高くはねあがるのは、まりが、そうしたいと、あこがれていたからかもしれません。でなければ、からだの中に、コルクがはいっていたためかもしれません。けれども、九回めに飛びあがったとき、まりは、どこかへ行ってしまって、それなりもどってきませんでした。男の子…