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ペンとインキつぼ
ペンとインキつぼ |
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作品ID | 60153 |
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著者 | アンデルセン ハンス・クリスチャン Ⓦ |
翻訳者 | 矢崎 源九郎 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「人魚の姫 アンデルセン童話集Ⅰ」 新潮文庫、新潮社 1967(昭和42)年12月10日 |
入力者 | チエコ |
校正者 | 木下聡 |
公開 / 更新 | 2021-05-22 / 2021-04-27 |
長さの目安 | 約 6 ページ(500字/頁で計算) |
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ある、詩人の部屋の中でのお話です。だれかが、詩人の机の上にあるインキつぼを見て、こう言いました。
「こんなインキつぼの中から、ありとあらゆるものが生れてくるんだから、まったくもってふしぎだなあ! 今度は、いったい、なにが出てくるんだろう? いや、ほんとにふしぎなもんさ」
「そうなのよ」と、インキつぼは言いました。「それが、あたしには、どうしてもわからないの。いつも言ってることなんですけどね」と、インキつぼは、鵞ペンだの、そのほか、机の上にのっている、耳の聞えるものたちにむかって、言いました。
「この、あたしの中から、どんなものでも、生れてくるのかと思うと、ほんとにふしぎな気がするわ。ちょっと、信じられないくらいよ。
人間があたしの中から、インキをくみ出そうとするとき、今度は、どんなものが出てくるのか、あたし自身にもわからないの。あたしの中から、たった一しずく、くみ出しさえすれば、それで、半ページは書けるのよ。おまけに、その紙の上には、どんなものだって、書きあらわされるのよ。ほんとに、ふしぎったらないわ!
あたしの中から、詩人のあらゆる作品が生れてくるのよ。読んでいる人が、どこかで見たと思うくらいに、いきいきとえがかれている人物も、しみじみとした感情も、それから、しゃれたユーモアも、美しい自然の描写もよ。といっても、ほんとは、あたし、自然て、なんだか知りませんけどね。だって、自然なんてものは、見たことがないんですもの。だけど、あたしの中にあることだけは、まちがいないわ。
あの、身のかるい、美しい娘たちのむれも、鼻からあわをふいている、荒ウマにまたがった、いさましい騎士たち、ペール・デヴァーや、キルスデン・キマーも、みんな、あたしの中から生れてきたんだし、これからも生れてくるのよ。もちろん、あたし自身が知ってるわけじゃないけど。だいいち、あたし、そんなこと考えてもみなかったわ」
「たしかに、あなたの言うとおりですよ」と、鵞ペンが言いました。
「あなたは、考えてみるということを、なさらない。もしもあなたが、ちょっとでも考えてみるとする。そうすれば、あなたから出てくるものは、ただの液体だということぐらい、すぐわかるはずですからね。あなたが、その液体をくださる。それで、わたしは話をすることができるんですよ。わたしのうちにあるものを、紙の上に見えるようにすることができるんです。つまり、書きおろすというわけなんですよ。
いいですか。書くのは、ペンですからね。これだけは、どんな人間も、うたがいはしませんよ。ところが、詩のこととなると、たいていの人間が、古いインキつぼと同じくらいの考えしか、持っていないんですからねえ」
「まだ、世間のことも、ろくに知らないくせに」と、インキつぼは言いました。「あなたなんか、やっと一週間ばかり、働いただけで、もう半分、すりきれてしまっ…