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朝菜集
あさなしゅう
作品ID60157
著者三好 達治
文字遣い旧字旧仮名
底本 「三好達治全集第二卷」 筑摩書房
1965(昭和40)年2月15日
入力者榎木
校正者杉浦鳥見
公開 / 更新2021-04-05 / 2021-03-27
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

朝菜集自序

 ちかごろ書肆のすすめにより、おのれまたをりからおもふところいささかありて、この書ひとまきをあみぬ。なづけて朝菜集といふ。いにしへのあまの子らが、あさごとに磯菜つみけんなりはひのごとく、おのれまたとしつき飢ゑ渇きたるおのれがこころひとつをやしなはんとて、これらのうたをうたひつづりたるここちぞする。いまはたかへりみてみづからあはれよとおぼゆるもをこなりかし。げにこれらのうた、そのふるきはほとほとはたとせばかりもとほき日のもの、そのあたらしきはきその吟詠、いづれみなただひとふしのおのがしらべにしたがへりしとのみ、みづからはなほおもへれど、みじかからぬとしつき世のさまのうつりかはりしあと、かの萬波あひうちしなごりもや、そこここにしるしとやいはん。うたのすがたそのこころばえをりふしにいたくたがひて、かれとこれとあるひはひとつ笛のうたぐちをもれいでしこゑとしもききとめがたからん。さらばこの笛のつくりあしきは證されたり――
 こはこれつくりあしき笛一竿、されどこの日おのれそをとりてつつしみひざまづきて、いまはなき
 萩原朔太郎先生の尊靈のみまへにささげまつらんとす。
 そはこの鄙吝の身をもつて、おのれとしごろ詩歌のみちにしたがへるもの、ほかならずただ師のきみの高風を敬慕しまつれるの餘のみ。いま身は垂老の日にのぞみ、師は白玉樓中にさりたまふ、しかして世は曠古の大局にあたりて兵馬倥偬をきはめたり。感懷まことにとどまるところをしらざらんとするなり。ときはこれ昭和癸未のとし春のひと日、おのれまたこのひとまきの境をさりてながくかへりきたる日なきを知りをはんぬ。身たまたま肥薩の山野に漂泊して、萬象靉靆たるあひだにあり、しかしてこの序をしるしつつ、心頭を徂徠する雲影のうたた悲涼ならんとするをみづからあやしむとしかいふ。
三好達治識
[#改ページ]




白梅花

城あとのしもとのなかの
ひともとの老い木のうれに
梅の花はつはつ咲きぬ
槎[#挿絵]たりやこのもかのもの
その枝の瑠璃のさかづき
甘からめ香ぐはしからめ
二つ三つ
目じろどり來てくちつくる
ひそかなりげにそのほかは
うごくものなき丘のべゆ
こゑなき海もはるか見ゆ


白梅花 又

梅老いて
龍にさながら

あさあけに
靄たちまよふ

みづのべに
ここに肱つき

碧潭に
入らんとすらん

ほつ枝には
はや的[#挿絵]と

眞珠母か
よべの霰か

地の精を
香と凝らしたる

かぞふべし
このもかのもに

ほのぼのと
ため息つける

かぎろひの
春のはつ花


月天心

月よみのかげはさやかに
父の身は父の身のかげ
幼きは幼きのかげ
ふみもゆくつむじつむじに
海のこゑひときは高く
梅の香はほのかににほふ
霜夜なりまんとの袖に
いとけなきその手はとれど
眉ふかく帽をかうむり
なにを思へるものならん
晝の間の歌は忘らへ…

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