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![]() ながいへや |
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作品ID | 60178 |
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原題 | THE LONG CHAMBER |
著者 | ダンバー オリヴィア・ハワード Ⓦ |
翻訳者 | The Creative CAT Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
入力者 | The Creative CAT |
校正者 | |
公開 / 更新 | 2020-02-21 / 2020-02-15 |
長さの目安 | 約 32 ページ(500字/頁で計算) |
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あのじめついた八月の昼下がりに一通の電報を受け取って以来私に取り憑いた漠然とした不安、それが肥大していくのに確たる理由などなかったのだろう。遅れて届いたその電報は、もうじきベアトリス・ヴェスパーがやって来ることを告げていた。
……ベアトリス・ヴェスパーの突然の来訪、それも一人きりで――これほど不可解な知らせはなかった。もっとも実際に何か懸念材料があったわけではない。鉄道の駅からここまで酷い坂道が五キロメートル続くが――喜ばしくも衰退し行く私たちの村は、現代社会から切り離されつつある――彼女なら適当な足を見つけるだろう。また、他の人が思い出させてくれたように、だだっ広いバーリー・ハウスが、不慣れな客を招いたりおびき寄せたりすることもないわけではない。まさにその朝、我らが自負の根元たる長い部屋が最後の仕上げを施され、至高の接客をするにふさわしい面目を備えたのも否めない事実であった。ベアトリスの方でも、バーリー・ハウスが崩壊を免れたことを喜ぶだろうし、同様に彼女自身が調和のとれた内装の最高の一部となるであろうことも疑いなかった。この調度、という点については、ディヴィッドも私も軽々には語れない。数ヶ月前思いがけなく入手することになったこの貴重な家屋に対して、いかにふんだんに、情熱を込めて、私たちは愛と汗とを注いできたことか――しかし結局のところ二人とも余りの失望にヒステリーを起こしそうになりながら、こう認めざるをえなかった。重厚な室内はいつもガランとしていたのである。そのくせ私たちは「これぞ我が家」と高吟しつつその中を闊歩したものだ。私たち陽気な余所者の存在などでは到底埋め切れない空虚が口を開けていた。私たちが獲得したのは背景だった。だがそれは快活な生活のための背景であって、褪色しきった散文的生活を以て過去の全てを塗りつぶそうとするかのようだった。実際、私たちは霊的な借地権を得ることはできなかった。私たち自身がそれに属してはいないのだ。だが、一体べアトリス・ヴェスパーのどんな神秘的触覚がそうさせるのか皆目見当がつかなかったのだが、彼女は過去に捕らえられており、ここの霊的借地人になることだろう。
ところが、一目見るなり旧友が不幸なストレスを抱えてやってきた訳ではないことがはっきりわかった。落ち着いた屈託ない表情に私は一瞬たじろいだ。慌てた私は彼女が窶れ切った様子で現れるに違いないと思い込んでいたのだ。気ぜわしい日々が何年もつづいたのに、これほど繊細な人物が擦り切れていないのも信じられなかった。急に気が緩んだ私は、彼女のお世辞をすっかり受け容れたのだ。曰く、彼女の夫はつい昨日国際電報に呼ばれて欧州に出向いた――この秋口に出版される予定のヴェスパー博士の専門書の最終校閲という重大業務のため、彼女自身は後に残された――そして手持ちのあらゆる社会的リソースの中から、バー…