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駅馬車
えきばしゃ
作品ID60224
著者アーヴィング ワシントン
翻訳者吉田 甲子太郎
文字遣い新字新仮名
底本 「スケッチ・ブック」 新潮文庫、新潮社
1957(昭和32)年5月20日
入力者砂場清隆
校正者noriko saito
公開 / 更新2021-05-18 / 2021-04-27
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

すべてよし。
何して遊ぼと
叱られない。
時はきた。
さっさと
本など投げだそう。
――休日に歌った昔の学校唱歌

 前の章で、わたしはイギリスのクリスマスの催しごとについて概括的な観察をしたので、今度は、その実例を示すために、あるクリスマスを田舎ですごしたときの話を二つ三つ述べたいと思う。読者がこれを読まれるにあたって、わたしが切におすすめしたいのは、学者のようないかめしい態度は取り去り、心からお祭り気分になって、馬鹿げたことも大目に見て、ただ面白いことだけを望んでいただきたいということである。
 ヨークシャを十二月に旅行していたとき、わたしは乗合馬車に乗って長旅をしたが、それはクリスマスの前日だった。その馬車は内も外もいっぱいの客だったが、話しているのを聞くと、ほとんどのものは親戚や友人の邸に行って、クリスマスの晩餐をご馳走になることになっているようだった。この馬車には狩猟の獲物が大かごにいくつも乗っていたし、また、いろいろとうまいものを入れたかごや箱が乗っていた。馭者台には野兎が長い耳をたらしてぶらさがっていたが、これは遠方の友人がこれから行われる饗宴のために贈ったものであろう。きれいな赤い頬をした小学生が三人、馬車のなかで、わたしの相客になった。この国の子供たちは快活で健康で、男らしい元気に溢れているのを、わたしは今まで見てきたのだが、この三人の少年も、はちきれそうに元気だった。彼らは休暇をすごしに故郷へ帰るところで、大喜びで、さまざまな楽しいことをしようと心に期していた。この小さな悪戯ものたちが大計画をたて、とても実行できそうもないことをして、これからの六週間をすごそうとしているのは、聞くほうにとっても愉快だった。彼らは、この期間、書物や、鞭や、先生という大嫌いな束縛から解放されるのである。彼らは胸をわくわくさせて、家族はもちろん、犬や猫に会えるときをも心待ちにしており、また、ポケットにつめこんだ贈り物で、かわいい妹たちを喜ばしてやろうと期待していた。だが、彼らがいちばん会いたくてたまらなかったらしいのは、バンタムだった。それは小馬だということがわかったが、彼らの話によると、ビューセファラス以来このような名馬はいないということだった。駈けかたは見ごとだし、走りかたはあざやかだ。そして、すばらしい跳躍もできる。バンタムは近隣のどこの垣根だって飛びこせるのだ。
 馭者が特別に少年たちの面倒を見ていた。彼らは機会さえあればいつでも馭者に質問をあびせかけ、世界じゅうで馭者がいちばんいい人だと言っていた。じっさい、この馭者がひとかたならずせわしげで、勿体ぶった様子をしているのに気がつかずにはいられなかった。彼は帽子をちょっと斜めにかぶっており、クリスマスに飾る常緑樹の大きな束を外套のボタンの穴にさしていた。馭者というものはよく世話もし、仕事もするのだが、クリ…

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