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傷心
しょうしん
作品ID60226
著者アーヴィング ワシントン
翻訳者吉田 甲子太郎
文字遣い新字新仮名
底本 「スケッチ・ブック」 新潮文庫、新潮社
1957(昭和32)年5月20日
入力者砂場清隆
校正者noriko saito
公開 / 更新2022-01-08 / 2021-12-27
長さの目安約 11 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

わたしは聞いたことがない
悩みのないまことの愛というものを。
世にもかぐわしい春の書物バラの花びらにも似た愛の心を
毛虫のように悩みは蝕む。
――ミドルトン

 たいていの人は、年をとって青春の感受性を失ってしまったり、あるいは真実の愛情のない放埒な遊蕩生活をしたりして育つと、恋物語をあざわらい、恋愛小説を小説家や詩人の単なる虚構にすぎないと考えるものである。わたしは人間についていろいろと観察してみた結果、その反対だと考えるようになった。わたしの信ずるところでは、たとえ人間性の表面が浮世の苦労のために冷たく凍ってしまい、あるいは社交術によってただ無意味に微笑んでいるばかりになろうとも、眠っている火が、どんなに冷たい胸でもその奥にひそんでおり、一旦燃えあがれば、はげしく燃えさかり、ときには人を滅ぼすほどにもなるのだ。じじつ、わたしはあの盲目の神キューピッドの真の信者で、その教えるところをすべて信奉している。打ちあけて言えば、わたしは、人が失恋して心が傷つき、命を絶つことさえあると信ずるのだ。しかし、わたしはそのような恋わずらいが男性にとっては致命的になることが稀れだと思う。ただ、多くの美しい女性が、若くして力が萎え、そのためにあの世に旅立たなければならなくなるとかたく信ずるのである。
 男は利害と野心との動物である。男は生れつきこの世界の闘争と喧騒とのなかに飛びこんでゆくようにできている。恋愛はただ青春時代の装飾か、あるいは人生劇の幕間に歌われる歌にすぎない。男は名声をもとめ、財産をもとめ、世間の人に重んじられようとし、ほかの人間を支配しようとする。しかし、女性の全生涯は愛の歴史である。心こそ彼女の世界である。そこにこそ女性の野心が絶対の支配権を得ようとし、そこにこそ女性の貪欲が隠れた財宝を探しもとめるのだ。女は愛情を危険にさらす。心の全てをかけて愛の貿易をする。そしてもし難破したら、絶望だ。心が破産したことになるのだから。
 男にとっても恋愛に破れたときは、するどい苦しみをおこすこともあろう。やさしい感情が傷つけられ、未来の幸福な夢が吹きとばされる。しかし男は活動的な動物だ。さまざまな仕事の渦巻くなかにその思いをまぎらすこともできよう。享楽の流れに身を投ずることもできる。あるいはまた、もし痛手をうけた場所にいて苦しい思い出に耐えられないならば、望みにまかせて住居をかえることもできるし、いわゆる、あけぼのの翼に乗って、「地の果てにとびさり、やすきをうる」こともできる。
 しかし、女性の生活は比較的固定し、世間ときりはなされており、瞑想的である。女はむしろ自分の感情や思索を友とする。もしそれが悲しみに支配されるようになったら、彼女はどこに慰めをもとめたらよかろう。女の運命は男に言い寄られ、男のものになることだ。もし女の恋が不幸に終ったとすれば、彼女の心は、占領さ…

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