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つま
作品ID60227
著者アーヴィング ワシントン
翻訳者吉田 甲子太郎
文字遣い新字新仮名
底本 「スケッチ・ブック」 新潮文庫、新潮社
1957(昭和32)年5月20日
入力者砂場清隆
校正者noriko saito
公開 / 更新2022-04-03 / 2022-03-27
長さの目安約 17 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

深海の宝の貴さも、
女の愛につつまれた
男のひそかな慰めには及ばない。
ただ家に近づくだけで、わたしは幸福の気配を感ずる。
結婚はなんと甘美な香りをはなつものか。
菫の花壇もそれほど芳しくはない。
――ミドルトン

 わたしはしばしば機会があって、女性が忍耐強く、抗しがたいような逆境にたえてゆくのを見たことがある。男性の心をひしぎ、一敗地にまみれさせる災難が、女性の場合には、かえって全精力を呼びおこし、気高く大胆に、ときには崇高にさえするのだ。か弱くやさしい女が、順調な人生の路をたどっているあいだは、いかにも柔弱で、ひとの力に頼り、ちょっとでもつらいことがあるとぴりぴりとそれを感じていたのに、一旦不幸にあうと、たちまち心をはげまして、夫をなぐさめ、ささえ、一歩もたじろがずに、肌をさす疾風のような逆境をしのんでゆく姿は、何ものにもまして人の胸をうつものである。
 つる草は、そのしとやかな葉をかしわの木にまきつけ、その木のおかげで高くのぼり、日の光を受けることができるのだが、いざその頑丈な木が雷にうたれて引きさかれると、そのまわりにすがりつき、愛撫の手をさしのべ、折れた枝をむすびつけてやるものだ。それとおなじように、すばらしい神の摂理によって、女は、夫が幸福なあいだはただ夫にたより、その飾りになっているにすぎないが、突然の災難がおそいかかってきたときには、夫のために支柱となり、なぐさめとならなければならないのだ。彼女は夫の荒れはてた心の奥に手をのばし、うなだれた頭をそっとかかえ、傷ついた心臓に包帯をしてやらなければならない。
 わたしはあるとき一人の友人に祝いのことばを言ってやった。その友人というのは、咲き匂うような妻子をもっていて、みんなが強い愛情でむすばれていた。彼は熱心に言った。「どんなにめぐまれたといっても、妻と子供たちとがいるのにまさることはないよ。自分が仕合わせなら、妻子がいっしょにその仕合わせを喜んでくれるし、また、もし不仕合わせだったら、なぐさめてくれるからね」じっさい、わたしが見たところでは、独身の男よりも、結婚しているもののほうが、たとえ不遇な身の上になっても、はやく立ちなおるものだ。結婚しているものは、自分によりかかっている愛らしい無力な家族をささえてゆく必要があって、わが身に鞭うたなければならないこともあろう。しかし、その主な理由は、彼の心が家庭の愛情でなぐさめられ、安らかにされるからであり、また、家のそとへ出ればすべてが暗闇で恥ずかしい思いばかりしなければならないが、家のなかにはまだ小さいながらも愛の世界があり、そこでは自分が主人であるということを知って、自尊心を失わずにいられるからである。ところが、独身の男はとかく心はすさび、自暴自棄になりやすく、ひとりぼっちで、世間からも見すてられたと思いこみがちである。その心が崩れやすいのは、ちょ…

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