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幽霊花婿
ゆうれいはなむこ
作品ID60229
副題ある旅人の話
あるたびびとのはなし
著者アーヴィング ワシントン
翻訳者吉田 甲子太郎
文字遣い新字新仮名
底本 「スケッチ・ブック」 新潮文庫、新潮社
1957(昭和32)年5月20日
入力者砂場清隆
校正者noriko saito
公開 / 更新2021-04-03 / 2021-03-27
長さの目安約 31 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

彼の人の夕餉の支度はととのった、
今宵は冷たく横たわるやもしれぬ彼の人の。
昨夜はわたしが寝間に招じいれたが、
今宵は剣の床が待っている。
――イーガー卿、グレーム卿、グレイスティール卿

 マイン河とライン河の合流しているところからそう遠くない、上ドイツの荒れはてた幻想的な地方、オーデンヴァルトの高地のいただきに、ずっとむかしのこと、フォン・ランドショート男爵の城が立っていた。それは今ではすっかり朽ちはてて、ほとんど山毛欅やうっそうとした樅の木のなかに埋もれてしまっている。しかし、その木々のうえには、古い物見櫓がいまもなお見え、前述のかつての城主と同様、なんとか頭を高くもたげようとし、近隣の地方を見おろしているのである。
 その男爵はカッツェンエレンボーゲン(原註2)という大家の分家で、今は衰えているが、祖先の財産の残りと往年の誇りとを受けついでいた。祖先たちは戦争好きだったために、ひどく家産を蕩尽してしまったが、男爵はなおも昔の威容をいくらかでも保とうと懸命になっていた。その当時は平和だったので、ドイツの貴族たちは、たいてい、鷲の巣のように山のなかにつくられた不便な古い城をすてて、もっと便利な住居を谷間に建てていた。それでも男爵はあいかわらず誇らしげにその小さな砦にひきこもって、親ゆずりの頑固さから、家代々の宿敵に対する恨みを胸に抱いていた。だから彼は、先祖のあいだにおこった争いのために、いく人かのごく近くに住んでいる人たちとも折りあいが悪かった。
 男爵には一人の娘があるだけだった。しかし、自然は一人の子供しかさずけない場合には、きっとその償いにその子を非凡なものにするのだが、この男爵の娘もその通りだった。乳母たちも、噂好きな人たちも、田舎の親戚たちも、みんなが彼女の父親に断言して、美しさにかけてはドイツじゅうで彼女にならぶものはない、と言ったのである。いったいこの人たちより、ものをよく知っている人がほかにいるだろうか。そのうえ、彼女は二人の独身の叔母の監督のもとに、たいへん気をつけて育てられた。その叔母たちは若いころ数年間ドイツのある小さな宮廷にすごし、立派な貴婦人を教育するためになくてはならないあらゆる方面の知識に通じていた。この叔母たちの薫陶をうけて、彼女の才芸はおどろくばかりのものになった。十八歳になるころには見事に刺繍することができた。彼女は壁掛けに聖徒たちの一代記を刺繍したことがあるが、その顔の表情があまり力づよかったので、まるで煉獄で苦しんでいる人間さながらに見えた。彼女はたいして苦労もせずに本を読むことができ、教会の伝説をいくつか判読し、中世の英雄詩に出てくるふしぎな騎士物語はほとんど全部読み解くことができた。彼女は書くことにもかなりの上達ぶりを見せ、自分の名前を一字もぬかさずに、たいへんわかりやすく署名することができたので、叔母たちは…

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