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あき
作品ID60286
著者有島 武郎
文字遣い旧字旧仮名
底本 「有島武郎全集第八卷」 筑摩書房
1980(昭和55)年10月20日
初出「婦女界 第二十三卷第一號」1921(大正10)年1月1日
入力者きりんの手紙
校正者木村杏実
公開 / 更新2021-06-09 / 2021-05-27
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 霜にうたれたポプラの葉が、しほたれながらもなほ枝を離れずに、あるかないかの風にも臆病らしくそよいでゐる。苅入れを終つた燕麥畑の畦に添うて、すく/\と丈け高く立ちならんでゐるその木並みは、ニセコアン岳に沈んで行かうとする眞紅な夕陽の光を受けて、ねぼけたやうな緑色で深い空の色から自分自身をかぼそく區切る。その向うの荒れ果てた小さな果樹園、そこには果ばかりになつた林檎の樹が十本ばかり淋しく離れ合つて立つてゐる。眞赤に熟した十九號(林檎の種類)の果が、紅い夕暮の光に浸つて、乾いた血のやうな黒さに見える。秋になつてから、山から里の方に下つて來たかけすが百舌鳥よりも鈍い、然しある似よりを持つた途切れ/\の啼聲を立てゝ、その黒い枝から枝へと飛び移りながら、人眼に遠い物蔭に隱れてゆく。
 見渡す限りの畑には雜草が茫々と茂つてゐる。澱粉の材料となる馬鈴薯は、澱粉の市價が下つたために、而して薯掘の工賃が稀有に高いために、掘り起されもせずにあるので、作物は粗剛な莖ばかりに霜枯れたけれども、生ひ茂る雜草は畑を宛ら荒野のやうにしてしまつたのだ。馬鈴薯ばかりではない、亞麻の跡地でも、燕麥のそれでも、凡てがまだ耡き返へしてはないのだ。雜草の種子は纖毛に運ばれて、地面に近い所をおほわたと一所になつて飛びまはつてゐる。蝦夷富士の山にはいつも晴れた夕暮れにあるやうに、なだらかな山頂の輪廓そのまゝに一むらの雲が綿帽子を被せてゐる。始めはそれが積み立ての雪のやうに白いが、見るまに夕日を照り返して、あらん限りの纖微な紅と藍との色階を採る。紅に富んだその色はやうやくにして藍に豐かになる。而して眞紅に爛れた陽が、ニセコアン岳のなだらかな山背に沈み終ると、雲は急に死色を呈して動搖を始める。而して瞬く中に、その無縫の綿帽子はほころびて來る。かくて大空の果てから果てまで、陽の光もなく夜の闇もないたそがれ時になると、その雲は一ひらの影もとゞめず、濃い一色の空氣の中に吸ひ失はれてしまふ。もう何所を見ても雲はない。虚ろなものゝやうに、大空はたゞ透明に碧い。
 その時東には蝦夷富士、西にはニセコアン、北には昆布の山なみが、或は急な、或はなだらかな傾斜をなして、高く低く、私が眺め[#挿絵]はす地平線に單調な變化を與へる。既に身に沁む寒さを感じて心まで引きしまつた私には、空と地とを限るこの一つらの曲線の魅力は世の常のものではない。莊嚴な音律のやうなこの一線を界にして、透明と不透明と、光と闇と、輕さと重みとの明らかな對象が見出される。私は而してその暗らみにひたつてゆく地面の眞中に、獨り物も思はず佇立してゐるのだ。
 蟲の音は既に絶えてゐる。私は、足許のさだかでない、凹凸の小逕を傳うて家の裏の方に行つて見る。そこにはもうそこはかとなく夜の闇がたゞよひはじめてゐる。玉蜀黍は穗も葉も枯れ切つて十坪程の地面に立つてゐたが、その穗…

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