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「トンネル」に就いて
「トンネル」について
作品ID60349
著者成瀬 無極
文字遣い旧字旧仮名
底本 「世界文學月報 第二期六號」 新潮社
1930(昭和5)年11月1日
初出「世界文學月報 第二期六號」新潮社、1930(昭和5)年11月1日
入力者sogo
校正者植松健伍
公開 / 更新2021-01-04 / 2020-12-27
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 曾て日本に遊んで『日本散策』(本全集の『日本印象記』)『さつさ、よやさ』などを書いたベルンハルト・ケッラアマンは、一八七九年の生れだから、日本流に云つて今年五十二歳になる筈だ。トウマス・マンとヤアコブ・ワッサァマンに次ぐ現代獨逸小説界の巨星である。一九〇六年作の『インゲボルグ』は抒情味の勝つたものであつたが、同九年の『白痴』以後は寫實的心理描寫を試みてゐる。同二十三年に出た『シュウェーデンクレエの經驗』に至つては既に渾然たる圓熟味を出してゐる。ドン・ホワン型のブルジョアが昔の戀人の忘れ形見に愛を感じ、この若い清い魂に依つて復活しようとするが結局寂しい諦めに終るといふ「四十歳の男」の經驗である。主人公の相手役である零落した肺病の歌劇役者はトオマス・マン作中の人物を思はせる。
 ケッラアマンの出世作は『トンネル』(千九百十三年)であつて翌年には既に百十版を重ねてゐる。筋は人も知る如く歐米間を繋ぐ大トンネルの開鑿が計畫せられ、絶大の努力と犧牲とが拂はれたのち終に成功するといふので、一種のユートピヤ物に屬するが、その作風は詩人の他の作とは全然趣を異にして、寧ろ今日の新即物主義の精神に近いものがある。何よりも先づ紐育の眼まぐるしい大都會生活が息苦しいやうな壓力を以て逼つて來る。光、色、音、摩天樓、大群集、自動車、飛行機、ラヂオあらゆる現代的發明發見は茲に先取せられてゐる。約二十年前に於て今日の、或は未來の大都會生活を描出したことは驚嘆に値する。しかも、大トンネルの開鑿といふやうなユートピア的題材を取扱ひつつ、飽迄實證的に數字を擧げて或程度まで讀者を信憑させてゐるのは並々ならぬ苦心の存するところであらう。我々の興味も亦一にこの現代的大冒險と、之を敢行する現代のドンキ・ホーテとでも稱すべき純米國式英雄なる主人公の性格とに懸つてゐる。從來の個人的心理描寫の圈内を脱出して、世界的の大舞臺に乘り出し、世界各種族の代表者を捻出して、水平線下何千米尺の底に活躍させる作者の廣大な視野と、鞏靱な氣力とには驚かざるを得ない。殊にトンネル内に於ける大爆發の慘澹たる光景の描寫は眞に迫り、膚に粟を生ぜしめる。この災禍とその結果である勞働者の暴動とが一篇のクライマックスを成してゐる。茲を境目として作者の興味は會計主任であるカメレオン的人物の經歴と活躍と失脚とに移り、トンネルそのものは稍々閑却せられた觀があり末段は略筆法に依つて急速に竣工の結果を報告してゐる。若しトオマス・マンの如き作者であつたら、更に何百頁を費して最後まで同樣の歩調で語り續けたであらうと思はれる。然し、これは強ち作者の氣息が短かい爲めではなく、むしろ、當初からのプランに從つた結果と、見られる。
 兎も角も、この小説が歐洲讀書界に一大センセエションを捲き起したのは、數世紀前から歐洲人の中にはぐくまれてゐた「米國熱」を煽り立てたか…

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