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新浦島
しんうらしま
作品ID60357
原題RIP VAN WINKLE. EINE NACHGELASSENE SCHRIFT VON DIETRICH KNICKERBOCKER.
著者アーヴィング ワシントン
翻訳者森 鴎外 / 森 林太郎
文字遣い新字旧仮名
底本 「鴎外選集 第16巻」 岩波書店
1980(昭和55)年2月22日
初出「少年園 第二巻 第十三号」1889(明治22)年5月3日<br>「少年園 第二巻 第十四号」1889(明治22)年5月18日<br>「少年園 第二巻 第十五号」1889(明治22)年6月3日<br>「少年園 第二巻 第十六号」1889(明治22)年6月18日<br>「少年園 第二巻 第十七号」1889(明治22)年7月3日<br>「少年園 第二巻 第十八号」1889(明治22)年7月18日<br>「少年園 第二巻 第二十号」1889(明治22)年8月18日
入力者砂場清隆
校正者岡村和彦
公開 / 更新2022-07-09 / 2022-06-26
長さの目安約 29 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

「サクソンの畏き神に縁みてぞ、けふをば『ヱンスデイ』といふ。その神見ませ、よるよりも暗くさびしき墳墓に、降りゆくまで我が守る宝といふは誠のみ。」
カアトライト
 ホトソンに沿うて登つて行つたことのある旅人は、屹度ケエツキルの山を覚えて居ませう。これはアパラツチエン山の幹から出た小枝で、遙に西に向つて、仰いで見れば、麓は河の畔に垂れて、巓は空に聳え、自づと近隣の地を支配して居ます。四季の変、天気の更は勿論、一日の中でも、一刻一刻に不思議にも色と形とを改めるは此山です。それだからこの山の見える処に住む女房は、皆なこれを晴雨計にします。好い天気の続くときは、青か紫かの衣を着て、その大胆らしい界の線を翳のない夕空に画き、時としては、近き傍の森には、雲も烟も見えぬに、その巓は、鼠色の霧の環を掛けられ、西山に這入り掛つた夕日の、最後の光に触れて、凱旋の人の戴く冠の様に光り輝きます。
 此奇怪な山の麓で、旅人はある村から立ち騰る、弱々しい烟を見ましたらう。丁度あの晴れた空の青「インキ」が、近い林の緑色に移り行く所で、木の間からちら/\と屋根の見える村です。この村は小い、古風な村です。それも尤も、むかし和蘭陀の移住民が、当時善政の聞えのあつたペエテル、ストユイヱサント(渠は無窮の平和に息め)の時代に建てたのだから。四五年前までは、まだ和蘭陀から持て来た、小い黄いろな煉化石で積み上げた、格子窓の附いた、屋根の正面に破風を造つた、その上に風の嚮きを知らする鶏が立つて居る家が、沢山残つて居ました。
 丁度この村に、この家の一つに、本たうを言へば、随分雨風に打たれた破れ家に、まだ此辺が英領であつた頃、愚直な、気の好いリツプ、フアン、ヰンクルといふ人が住んで居ました。先祖を問へば、ペエテルのまだ軍の功名を世にとゞろかした時、屈竟の武士で、フオオト、クリスチナを打囲いた一人のフアン、ヰンクル氏です。然し先祖の勇気は遺伝しないことか、私が見た処では、此人は愚直で、好い気で、隣には親切で、女房には始終馬鹿にせられて居ました。渠が喧嘩を好まず、兎角柔和で、世間の人にすかれたのは、全く右の最後に挙げた遭遇の結果でせう。大抵内で喧嘩の好きな女房に支配せられて居る男は、世間で平和を好み、誰にでも従つて、好い人だと言はるゝものです。人の性質は家内の不和といふ火力の強い炉で柔に、撓み易くせられるもので、善人になるには、世界中の高僧の説教を聴くより、女房の窓帷の下の説経を聴くに限ります。この説経の外に、まあ何が柔和と忍辱とを教へませう。して見ると矢釜しい女房を持つた人は、仕合せです。嗚呼、リツプ、フアン、ヰンクルの仕合せもの。
 また此人が近隣の女房共の憐を受けたことは非常です。総て婦人は他家の内訌に就て、評議を凝らすときは、亭主の党派に加はるものですが、フアン、ヰンクルの家の事では、殊に亭主を賛成し、…

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