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「人間宣言」のうちそと
「にんげんせんげん」のうちそと
作品ID60421
著者前田 多門
文字遣い新字新仮名
底本 「「文藝春秋」にみる昭和史 第二巻」 文藝春秋
1988(昭和63)年2月25日
初出「文藝春秋」文藝春秋新社、1962(昭和37)年3月号
入力者sogo
校正者染川隆俊
公開 / 更新2021-06-04 / 2021-05-27
長さの目安約 15 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 いったい私は日記をつけないし、記憶力の方はというと自分でもあきれるほど悪いのだが、ただ昭和二十年の、つまり終戦の年の十二月二十三日という日付は、私の頭に非常にはっきりと刻みつけられて、いまもって忘れることが出来ない。
 十二月二十三日はちょうど日曜にあたっていた。それは、本題からはちょっとはなれた事柄にあたるわけだが、かねて私の恩師の新渡戸稲造先生の銅像が多磨墓地にあったのが、戦争中金属回収で撤去せられていた。これが、戦争が済んだため、幸いまだ鋳潰されていなかったため返却され、それを再び先生の墓の傍に従前通りに復元が出来たので、われわれ弟子どもや縁故者関係者などが銅像を中心に集まって、焼き芋をかじりながら追憶の会を開こうという催しが企てられていた。それが二十三日であって、私なぞも当時多忙な仕事のなかにも、その日の来るのをたのしみにして待っていたわけであった。
 いよいよその日に、朝家を出かけようとしたところが、総理官邸から電話があって、幣原総理大臣が至急私に会いたいから官邸に来きくれないか[#「来きくれないか」はママ]という話。そこで家族だけをさきに会に差し向けて私は早速総理官邸に行ってみると、森閑とした日曜日の官邸内の居室に幣原さんはひとりで坐っておられた。
 そこで総理は早速ポケットから西洋の書簡紙、二、三枚ぐらいのものに英語で何かしたためてある書面を私に差し示して、
「実はこのあいだうちから、学習院の英語の先生のブライスという人が、しきりに忠告してくれるのだが、こういう際に、天皇陛下がご自身で、いままでよく一般に言われておるような、天皇は神であるという説に対してこれを否定せられ、天皇は別に神ではないのだ。むしろ一人の人格として、敬愛関係によって国民と結びつけられておるのであるということをご自身で宣言せられてはどうであろう。それはいま内外にわだかまっている幾多の疑惑を解いて、今後日本の進路を開いていくのに非常に具合がいいと思うんだが、ちょうど新年に差しかかっておるときだし、いわばお年玉に陛下がそういうことをおっしゃって頂くわけにいかんだろうか、ということをブライス氏がしきりに言う。それはこういう意味なんです」
 と言って、いまの書簡紙に書いた文章を私に示された。それは手で書いたもので、非常に筆跡の見事なもので、英語で書いてある。
 それが幣原さんの筆跡だか、それ以外の、ブライスという人の筆跡だか、幣原さんの筆跡を知らない私には知る由もないが、とにかく、きわめてなんというか、オフィシャルでない形式で書簡紙に認めたものであった。
 私はまずいちおうこれを拝見したが、そこで幣原さんいわく、「あなたも文部大臣としてこういう趣旨にご賛成ならば、なにかこういうことを骨子にして陛下が新年のお言葉をたまわるというようなことを、ひとつ立案してみてくれないか」という話だっ…

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