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幻覚の実験
げんかくのじっけん
作品ID60437
著者柳田 国男
文字遣い新字新仮名
底本 「妖怪談義」 講談社学術文庫、講談社
1977(昭和52)年4月10日
初出「旅と伝説 第九年第四号」三元社、1936(昭和11)年4月1日
入力者青井優佳
校正者津村田悟
公開 / 更新2022-07-31 / 2022-06-26
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 これは今から四十八年前の実験で、うそは言わぬつもりだが、余り古い話だから自分でも少し心もとない。今は単にこの種類のできごとでも、なるべく話されたままに記録しておけば、役に立つという一例として書いてみるのである。人が物を信じ得る範囲は、今よりもかつてはずっと広かったということは、こういう事実を積み重ねて、始めて客観的に明らかになって来るかと思う。
 日は忘れたが、ある春の日の午前十一時前後、下総北相馬郡布川という町の、高台の東南麓にあった兄の家の庭で、当時十四歳であった自分は、一人で土いじりをしていた。岡に登って行こうとする急な細路のすぐ下が、この家の庭園の一部になっていて、土蔵の前の二十坪ばかりの平地のまん中に、何か二三本の木があって、その下に小さな石の祠が南を向いて立っていた。この家の持主の先々代の、非常に長命をした老母の霊を祀っているように聞いていた。当時なかなかいたずらであった自分は、その前に叱る人のおらぬ時を測って、そっとその祠の石の戸を開いて見たことがある。中には幣も鏡もなくて、単に中央を彫り窪めて、径五寸ばかりの石の球が篏め込んであった。不思議でたまらなかったが、悪いことをしたと思うから誰にも理由を尋ねてみることができない。ただ人々がそのおばあさんの噂をしている際に、いつも最も深い注意を払っていただけであったが、そのうちに少しずつ判って来た事は、どういうわけがあったかその年寄は、始終蝋石のまん丸な球を持っていた。床に就いてからもこの大きな重いものを、撫でさすり抱え温めていたということである。それに何等かの因縁話が添わって、死んでからこの丸石を祠にまつり込めることになったものと想像することはできたが、それ以上を聴く機会はついに来なかった。
 今から考えてみると、ただこれだけの事でも、暗々裡に少年の心に、強い感動を与えていたものらしい。はっきりとはせぬが次の事件は、それから半月か三週間のうちに起こったかと思われるからである。その日は私は丸い石の球のことは、少しも考えてはいなかった。ただ退屈をまぎらすために、ちょうどその祠の前のあたりの土を、小さな手鍬のようなもので、少しずつ掘りかえしていたのであった。ところがものの二三寸も掘ったかと思う所から、不意にきらきらと光るものが出て来た。よく見るとそれは皆寛永通宝の、裏に文の字を刻したやや大ぶりの孔あき銭であった。出たのはせいぜい七八個で、その頃はまだ盛んに通用していた際だから、珍しいことも何もないのだが、土中から出たということ以外に、それが耳白のわざわざ磨いたかと思うほどの美しい銭ばかりであったために、私は何ともいい現わせないような妙な気持になった。
 これも付加条件であったかと思うのは、私は当時やたらに雑書を読み、土中から金銀や古銭の、ざくざくと出たという江戸時代の事実を知っていて、そのたびに心を動かし…

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