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うみのしょうひん |
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| 作品ID | 60442 |
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| 著者 | 原 民喜 Ⓦ |
| 文字遣い | 新字旧仮名 |
| 底本 |
「原民喜全詩集」 岩波文庫、岩波書店 2015(平成27)年7月16日 |
| 初出 | 「野性」1950(昭和25)年9月 |
| 入力者 | 村並秀昭 |
| 校正者 | 竹井真 |
| 公開 / 更新 | 2021-07-20 / 2021-07-08 |
| 長さの目安 | 約 1 ページ(500字/頁で計算) |
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蹠
あたたかい渚に、蹠に触れてゴムのやうな感じのする砂地がある。踏んでゐるとまことに奇妙で、何だか海の蹠のやうだ。
宿かり
じつと砂地を視てゐると、そこにもこゝにも水のあるところ、生きものはゐるのだつた。立ちどまつて、友は、匐つてゐる小さな宿かりを足の指でいぢりながら、
「見給へ、みんな荷物を背負はされてるぢやないか」と珍しげに呟く。その友にしたところで、昨夕、大きなリツクを背負ひながら私のところへ立寄つたのだつた。
渚
歩いてゐると、歩いてゐることが不思議におもへてくる時刻である。重たく澱んだ空気のとばりの中へ足が進んで行き、いつのまにか海岸に来てゐる。赤く濁つた満月が低く空にかゝつてゐて、暗い波は渚まで打寄せてゐる。ふと、もの狂ほしげな犬の啼声がする。波に追はれて渚を走り廻つてゐる犬の声なのだ。ふと、怕くなつて渚を後にひきかへして行くと、薄闇の道路に、犬の声は、いつまでもきこえてくる。