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檀一雄「リツ子・その死」
だんかずおリツこそのし
作品ID60445
副題――創芸社刊――
――そうげいしゃかん――
著者原 民喜
文字遣い新字旧仮名
底本 「三田文學 第九十四巻 第一二二号 夏季号」 三田文学会
2015(平成27)年8月1日
初出「人間」目黒書店、1950(昭和25)年6月号
入力者竹井真
校正者持田和踏
公開 / 更新2023-01-02 / 2022-12-31
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

「リツ子・その愛」はまだ届かないので、先日お届け下さつた「その死」の方だけ只今、読み了へました。どうして、あなたは私にこの作品の感想を書かせようとなさるのでせう。私が七年前に妻を喪ひ、そのことを少しばかし作品に書いたりしてゐるからでせうか。それなら却つて、私のやうなものは、この書物を正しく解読できないのではないでせうか。私は最初の一頁から最後の二八六頁まで、絶えずこの懸念に纏ひつかれてゐました。それから、もう一つ私の念頭を離れなかつたのは、この作者にこの作品を書かせてゐる眼に見えぬ力のことです。これもあまり我流の考へ方かもしれませんが、しかし、一人の作家を燃焼させる女性といふものは、やはり大変なもののやうに思はれてなりません。このことをもつと詳しく知るためには、「その愛」の方も是非読んでみたいと思ひます。
 リツ子が腸結核で、あと三十日は持たないだらうといふこの書の三月六日の書きだしから、私は何かやりきれない気持で読みはじめました。「呼吸につれて時々リツ子の喉が笛のやうに細くヒウヒウ鳴る」こんな病床をめぐつての細々した記述も、私には思ひあたる節が多かつたのですが、四月四日、臨終の前、病人の口全体が乾燥してゐる姿に驚いて蜂蜜を塗つてやるところを読むと、(あ、あのとき蜂蜜を塗つてやればよかつたのか)と感に堪へないものがありました。けれども、……「何もかも済んで終つた。見ろ、おまへの白け果てた骨の上に、かうして、父と子が『味噌の骨』をのせて握り飯を食べてゐる」といふ最後のくだりまで読み了へて、この作品全体から受ける、不思議に、おほらかな、印象について、更めて私は考へさせられました。
 この小説の時期は敗戦翌年の春で、場所は福岡県の片田舎の疎開地、瀕死の病害と幼ない子供を抱へて、日ごと逼迫してゆく「私」の生活はどうみても暗澹としてゐる筈です。ところが、たまたま身上相談に来た青年にむかつて、こんなことを云つてゐます。
「僕は生きるよろこびといふものを、どんな嘘つぱちでもいいから、確立し是認したいね。悲哀をも享楽したいほどの、僕は快活な生き物でありたいね。サッパリと生みだされた通りに、サッパリと生きてゐたいね。」
「私はキリストを知りません。仏陀も知らない。然し、私を生んだ来源の、大きな楽しい力の息吹のやうなものを感じますね。生涯を徒労のことだとも思はない。みじめではありますが、自分の足取をどんなに快活な歩調にも導き得るでせう。とめどないといへば、とめどない。けれども、私はこの人生をむなしいこととは思ひません。既に生みだされてゐる以上、心を洗つて来源の声に、新しい快活の人生を積み上げたい。」――かうした「私」の態度はこの作品全体に一貫してゐるやうですが、リツ子の性格を作者は次のやうに説明してゐます。
「一概に迷信深いといふよりも、リツ子は何もかも有難がる性分だ。万物尊崇…

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