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西南北東
せいなんほくとう
作品ID60448
著者原 民喜
文字遣い新字新仮名
底本 「原民喜戦後全小説」 講談社文芸文庫、講談社
2015(平成27)年6月10日
初出「詩風土 第十九輯 十二月號」臼井書房、1947(昭和22)年12月1日
入力者竹井真
校正者砂場清隆
公開 / 更新2022-03-13 / 2022-02-25
長さの目安約 11 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

時計のない朝

 私は焼跡から埋めておいた小さな火鉢を掘出したが、八幡村までは持って帰れないので姉の家にあずけておいた。冬を予告するような木枯が二三日つづいた揚句、とうとう八幡村にも冬がやって来た。洗濯ものを川に持って行って洗うと指が捩げそうに冷たい。火鉢のない二階でひとり蹲っているうち、私の掌には少年のように霜焼が出来てしまった。年が明けて正月を迎えたが、正月からして飢えた気持は救えなかった。だが、戦災以来この身にふりかかった不自由を一つ一つ数えてみたら、殆ど限りがないのであった。
 所用があって、私は広島駅から汽車に乗ろうと思った。切符は早朝並ばないと手に入らないので、焼残っている舟入川口の姉の家に一泊して駅に行くことにした。天井の墜ち壁の裂けている姉の家は灯を消すと鼠がしきりに暴れて、おちおち睡れなかった。姉は未明に起出して、朝餉の支度にとりかかったが、柱時計が壊れたままになっているので、一向に時刻が分らないのであった。私ももとより懐中時計は原子爆弾の日に紛失していた。近所に灯がついているから朝の支度をしているのかとも思えたが、雨もよいの空は真暗で、遠い山脈の方にうすら明りが見える。朝食をすますと、甥は近所に時間を訊きに行ってくれたが、その家にも時計はなかった。何にしろ早目に出掛けた方がいいので、私は暗がりの表通りを歩いて行った。暫くすると向うから男が来たので時刻を訊ねてみた。すると相手は曖昧なことを云って立去ってしまった。電車通に添って行くうち、あちこちの水溜に踏込んで靴はずぶ濡れになり、寒さが足の裏に沁みるのであった。
 私は真暗な惨劇の跡の世界を急ぎ足に歩いていた。ある都市が一瞬にして廃墟と化すような幻想なら以前私は漠然と思い浮べていたことがあったし、死の都市の夜あけの光景も想像の上では珍しくなかった。しかし今こうして実際、人一人いない焼跡を歩いていると、何か奇異なものが附纏って来るので、相生橋を渡りながらも、これが相生橋であったのかしらと錯覚に陥りそうであった。がやがて八丁堀のところで灯をつけている自動車と出逢うと、寂寥のなかに烈しくエンジンの音をたぎらせているので、漸く人心地に還った。京橋あたりから駅の方へ行くらしい人の姿も見かけられた。
 駅に来てみると六時前であったが、窓口にはもう人が集まっていた。切符は七時から売出すので、その間、私は杜詩を読んで過した。汽車に乗ってからも、目的地に着いてからも、帰りの汽車でも、私は無性に杜甫の行路難にひきつけられていた。

蜜柑

 西広島の蜜柑をみかけるようになったのは十二月のはじめ頃からだったが、暫くは私は何気なく見ているにすぎなかった。私が蜜柑に惹きつけられたのは廿日市で五百目五円で買った時からだ。飢えて衰弱している体が要求するのか、ほかに胃の腑を満たすものがないのでこうなのか、とにかく、私は自分…

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