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死の川
しのかわ |
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作品ID | 60485 |
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副題 | ロンドン危機シリーズ・6 ロンドンききシリーズ・ろく |
原題 | The River of Death |
著者 | ホワイト フレッド・M Ⓦ |
翻訳者 | 奥 増夫 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
初出 | 1904年 |
入力者 | 奥増夫 |
校正者 | |
公開 / 更新 | 2020-06-01 / 2020-05-27 |
長さの目安 | 約 37 ページ(500字/頁で計算) |
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苦難のロンドン物語
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一
空が東から真鍮のようにめらめら赤くなり、暑苦しい熱が石や木や鉄から放射され、背中をジリジリ照りつける熱波は、まさに焼き物を連想させた。五百万余の人々がロンドンに暮らし、休暇シーズンの真っ最中だというのに、ハアハア肩で息をし、雨乞いしても一滴も降らない。
八月初旬の三週間、太陽が地獄火を降り注ぎ、どの建物も蒸し風呂になり、そよ風一陣吹いて煉獄を和らげる気配すらない。低俗新聞さえ日射病人の数を書かなくなった。熱波のため新聞記者がへばったようだ。
日照りは四月から多少なりとも続いている。噂では淀んだ河川から瞬く間に伝染病が田舎に広がったとか。ずっとロンドンの水道各社は供給に限りがあった。でも警告する風もなく、水不足のようには見えない。熱波は我慢ならなかったが、そのうち止んで、ロンドンは再び息を吹き返すよ、などと語り合っていた。
ダービシャイア教授が首を振って、赤い粉をちりばめたような空を見上げた。のろのろ家路へ歩きながらハーリ通りに向かい、帽子を手に持ち、灰色フロックコートを大きくはだけ、白シャツを出していた。
電動ファンが四一一番地のホールでうなっている。それでも屋内は暑くて重苦しかった。食堂にあかりがポツン、部屋は全面くすんだオーク材、暗褐色の壁は科学者にお似合いだ。
名刺が一枚テーブルの上に置いてある。ダービシャイア教授はうんざりした様子で名刺を読んだ。
『ジェームズ・P・チェイス』
『モーニング・テレフォン新聞社』
教授がうめいた。
「会わなくちゃいけないなあ。断るだけでも会わなくちゃ。忌々しい新聞記者らがもう聞きつけたのかなあ」
そり上げた強面にちょっと不安をうかべ、仕切られたビロードのカーテンをくぐり、一種の研究室、つまり家の中でよく見かけるような場所におさまった。
教授の専門は大規模疾病対策だ。ダービシャイア教授は伝染病と渡り合える男、常に頼りになる男であった。
新聞記者がしつこいのは今に始まったことじゃない。きっと前記チェイス記者が求めたのも単に特ダネ、つまり灼熱天気にかける報道カレー粉ってとこだろう。でも、もしかしたら強引なアメリカ人が偶然に事実を掴んだかもしれない。ダービシャイア教授が電話機をひっつかんでハンドルを回した。
「もしもし。はい。ケンジントン三〇七九五をお願いします……。ロンデールかい? ああ、ダービシャイアだ。すぐ来てくれないか? ああ、暑いのは知ってるが、大事でなきゃ、呼び立てやしないよ」
小声で約束の返事があったので、教授は受話器を置いた。それから煙草に火をつけて、ポケットから取り出したノートに何事か書きつけた。鉛筆で書き込んだ文字は細かいけど達筆だ。
椅子にふんぞり返った姿は四面楚歌の将軍のようにはちっとも見えなかったが…