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キセルの語源
キセルのごげん
作品ID60590
著者新村 出
文字遣い旧字旧仮名
底本 「文藝春秋 第四年 第十號」 文藝春秋社
1926(大正15)年10月1日
初出「文藝春秋 第四年 第十號」文藝春秋社、1926(大正15)年10月1日
入力者sogo
校正者The Creative CAT
公開 / 更新2021-08-17 / 2021-07-27
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 キセルがカンボヂヤ語だと云ふことを知つたのはつひ近頃のことであつた。
 私は今年新年號の本誌に「煙管」と題してその語源考をあげて某氏から傳聞した小亞細亞の一都邑エスキシエルから出たとは考へられないかといふ一案を提示しておいた。エスキシエル市は陶製パイプの名産地としてきこえてゐるのである。又獨逸製に一種の櫻の小枝で出來たパイプがあつてそれをヴアイクセルロール略してヴアイクセルともいふから、それをキセルといふ名に擬したこともあつた。土耳古語や獨逸語では縁が遠し、また陶製や木製としては證據が足らぬし、とても歴史的考證の域には入らぬと觀念しながらも、そのころは未だ適當な語源説を見出し得なかつたから、姑くかゝる臆説をあげておいたのである。
 元來キセルの語は林道春の羅山文集卷五十六に佗波古希施婁皆番語也無義釋矣とある以來、多く學者はこれを外國語とみとめてゐるが、どこの國の語かを指摘しなかつた。元祿における平野千里の本朝食鑑卷四、寶永における向井元端の煙草考の如き、さうである。同時代の槇島昭武の合類大節用集卷七にしても、寺島良安の和漢三才圖會卷九十九にしても、蠻語と註してあるのはかはらない。大槻玄澤の[#挿絵]録には、「名づけて幾泄爾といへるは皆此方の言にあらず、又諸書を校ふるに、漢にても和蘭にても波爾杜瓦爾にても、その他の西洋諸國語にてもあらず、然り而してその音頗る番語に近し、因つて竊かに此物を考ふるに、その舶來の初め、吾が土の人、誤つて番商の他物を呼ぶを聞いて、認めて此物と爲せるか、是亦未だ知るべからざるなり」とある。
 ひとり[#挿絵]録の後編ともいふべき目ざまし草にはキセルの語原を日本語で説明しようと試みた。慶長時代に行はれた長鐵煙管は往々人を打つに用ゐられた※[#こと、54-2段-14]があり、長崎詞にて人を打つことをキセルといふによつて、その鐵煙管をキセルと名づけるやうになつたのだといふ一説を擧げ、但しこれも亦的證とはなしがたしと云つてゐる。めざまし草の編者は更に註してラウ竹に眞鍮の類をキセてつくれるゆえキセラウといひしがキセルと呼べることになりしなるべしといふ京傳の考を引いて、關東方言に、カケル、オハセルの義あるキセルといふ動詞をもつて來た。この京傳の説はサトウ氏が一八七七年すなはち明治十年に發表した煙草傳來考(日本亞細亞協會報告第六卷)に採用したことがあつた。
 明治になつてから、大槻文彦氏が十七年に學藝志林第十四號に出した外來語源考には、キセル(煙草)斯班牙語なりといふ、未だ原字を探り得ずとなし、後言海にもこれを襲踏して、西班牙語、管の義なりと云ふと註した。國史大辭典には蓋し葡萄牙語なりと推定し、日本百科大辭典には、外來語なれど其傳系未だ詳かならず、或は云ふイスパニヤ語にして管の義なりと、或は云ふオランダ語の轉訛ならんと惑うてゐる。大日本國語辭典には…

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