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亜米利加の思出
あめりかのおもいで
作品ID60612
著者永井 荷風
文字遣い新字新仮名
底本 「問はずがたり・吾妻橋 他十六篇」 岩波文庫、岩波書店
2019(令和元)年8月20日
初出「新生 第一巻第二号」新生社、1945(昭和20)年12月1日
入力者入江幹夫
校正者noriko saito
公開 / 更新2021-11-12 / 2021-10-27
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 皆様も御存じの通り私は若い時亜米利加に居たことはありますが、何しろ幾十年もむかしの事ですから、その時分の話をしてみたところで、今の世には何の用にもなりますまい。米国がいかほど自由民主の国だからと云ってその国に行って見れば義憤に堪えないことは随分ありました。社会の動勢は輿論によって決定される事になって居ますが、その輿論には婦人の意見も加っているのですから大抵平凡浅薄で我々には堪えられなかった事も少くはありませんでした。ストラウスの楽劇サロメが演奏間際になって突然米国風の輿論のために禁止となった事などはその一例でしょう。ラフカジオ、ハーン(小泉八雲)が黒人の女を愛したようなことから世に容れられなくなった事なども所謂米国風輿論の犠牲と見るべきものでしょう。露西亜のゴルキイが本国を亡命して紐育に行ったことがあるが矢張輿論のために長くその地に留まることができなかったような事がありました。しかし目下日本の情勢では亜米利加人の欠点を指摘することはできませんからそのいい方面を思出してお話をしましょう。

 私は一年ほど市俄古から汽車で四時間ばかりかかる田舎の町のカレッジで勉強して居た事があります。学年試験の時、生徒は答案を書いて居る間随時に教室の外へ出て休息しても差閊がない事になって居ました。しかし外へ出ても互に話をしたり運動をしたりしても、決して試験問題の答案の事には触れません。しようと思えば内証でいくらでもずるい事は出来るのですが誰一人そんな事をする者は居ませんでした。自分で学力が不十分だと思えば自分から一年元級に居残る事を請願する者も居ました。試験勉強という事はその時分の米国の学生には決して見られない事でした。学校外の生活にも感心すべき事が多かったのです。煙草を喫するものはありましたが在学中酒を飲む者はありませんでした。尤も私の見たのは今申す通り人口わずか二万人位の田舎に在る専門学校の事で、繁華な都会の有名な大学の事は知りません。米国生活の好き方面を見ようとすれば都会を去って地方の小都市へ行かなければならない。これは米国のみには限りません。仏蘭西は淫奔奢侈の国のように思う人もあるがそれは巴里の一面を覗いただけの旅行者の言う事で、純粋なる仏蘭西人の家庭または地方の生活を見ればそうでない事はすぐに分る話です。
 米国の田舎に住んで居る人は、それほど都会の生活にあこがれて居ません。殊に専門学校の教師などしている人はその地位と職業とを終焉のものと考え、喜んで一生をその道に投じているという風があります。教師の椅子を踏み台にして立身出世をしようとあせるような風がないのです。また生徒の気受けをよくしようと思って殊更に奇論を吐いたり新しがって見せたりするような風もありません。私の居た時分、米国の田舎、地方の小邑は実に理想的な健全な処のように思われました。こう云う田舎の町を散歩すると…

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