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心づくし
こころづくし
作品ID60629
著者永井 荷風
文字遣い新字新仮名
底本 「問はずがたり・吾妻橋 他十六篇」 岩波文庫、岩波書店
2019(令和元)年8月20日
初出「中央公論 第六十三年第五号」中央公論社、1948(昭和23)年5月1日
入力者入江幹夫
校正者noriko saito
公開 / 更新2022-10-30 / 2022-09-27
長さの目安約 15 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 終戦後間もなく組織されたB劇団に、踊りもするし、歌もうたうし、芝居もするというような種類の女優が五、六人いた。
 その中の二人は他の三、四人よりも年が上で、いずれも二十五、六。前々からきまった男を持っていた。一人は年も四十を越した一座の興行師の妾で、三ツになる子供がある。他の一人は銀座の或ダンスホールでクラリネットを吹いている音楽師を恋人にしていたが、あとの三、四人は年も二十になるかならず、手入らずの生娘だかどうだか、それは分らないが、兎に角B劇団開演の当初、二、三ヶ月ばかりの間は、楽屋の噂になるような事はしていなかった。
 一座は浅草公園を打上げた後、近県の町々を一めぐり興行して東京にかえり新宿の或映画館で蓋を明けたが、その時には、早くも三人の中の一人は仲間の或男優と人目かまわず巫女戯るような仲になっていたし、また他の一人は次の興行の稽古中、一座の若い演出家先生と何やら背景のかげなどでひそひそはなしをはじめると云う有様。初に変らず娘のままで居残ったのは唯た一人になった。それは芸名を春川千代子といって年は十九。戦争中も幸に焼けなかった葛飾区高砂町の荒物屋の娘である。
 酉の市に売れ残る熊手のお亀が、早く売れるものより出来がわるいと、定った訳はない。それと同じように、千代子が三人の中で一番おくれて男を知り初めたのに、特別の事情や理由のあるわけではなかった。その顔立も、その技芸も、その気性も、三人が三人、どれが優れ、どれが劣っていたとも見えなかった。三人とも同じように、戦争中徴用されていた工場の女工から、戦後、あたり前ならば電車の車掌か、食べ物屋の給仕か、闇市の売子にでもなるべきところを、いずれも浅草に遠からぬ場末の町に成長し、近処に周旋する人のあるがまま女優というものになったまでの事で。舞台の薄暗い物かげなどで、一寸見れば三人とも誰が誰やら見分けがつかない。食料不足の世と云うにも係らず、三人とも栄養不良の様子は更に見られない豊な肉づき。臀の大きいのと、腿の太いのが際立って目につく身体つき。笑ったり話をしたりする時の態度や声柄までが、姉妹ででもあるように能く似ていた。戦後いずこの町と云わず田舎と云わず、すさまじい勢で繁殖して行く民衆的現代女性の標本とでも言いたい娘さん達である。
 或日、楽屋の風呂場で、興行師の妾になっている一番年上の女が、「千代ちゃん。まだ誰も好きな人できない。」とからかった。
 千代子は洋服の片地でも見る時のような調子で、「いいの居ないもの。居なそうだわ。」
「そうか知ら。捜しようがわるいんだろう。」
「でも此方で好いと思う人には、大概きまった人があるじゃないの。仕様がないわ。わたし売れ残りでいいのよ。その方が気楽だわ。」
 しかし千代子は何となく心淋しい気がしないのでもなかった。急に雨が降って来たりする帰り道、男が持っているその傘をさしか…

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