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銀座界隈
ぎんざかいわい
作品ID60660
著者永井 荷風
文字遣い新字新仮名
底本 「花火・来訪者 他十一篇」 岩波文庫、岩波書店
2019(令和元)年6月14日
入力者入江幹夫
校正者ムィシュカ
公開 / 更新2024-04-30 / 2024-04-24
長さの目安約 14 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 毎日同じように、繰返し繰返し営んでいるこの東京の都会生活のいろいろな事情が、世間的と非世間的との差別なく、この一、二年間はわけて、自分の身を銀座界隈に連れ出す機会を多からしめた。自分はつまり期せずして銀座界隈の種々なる方面の観察者になっていたのである。
 不幸にして現代の政治家とならなかった自分は、まだ一度もあの貸座敷然たる外観を呈した松本楼の大玄関に車を乗りつける資格を持たなかったとは云え、夏の炎天にフロックコートを着て、帝国ホテルや、精養軒や、交詢社の石の階段を昇降する社交的光栄の義務を担ったこともある。気の置けない友達大勢と、有楽座、帝国劇場、歌舞伎座などを見物した折には、いつも劇場内の空気が特種の力を以て吾々を刺戟する精神の昂奮に、吾々はどうしてもその儘黙って、真暗な山の手の家に帰って寝て仕舞うには忍びず、燈火の多いこの近辺の適当なる飲食店を見付けて、最終の電車のなくなるのも構わず、果てしのない劇評を戦わすのであった。
 上野の音楽学校に開かれる演奏会の切符を売る西洋の楽器店は二軒とも、皆なの知っている通り銀座通りにある。新しい美術品の展覧場「吾楽」というものが建築されたのは八官町の通である。雑誌「三田文学」を発売する書肆は、築地の本願寺に近い処にある。華美な浴衣を着た女達が大勢、殊に夜の十二時近くなってから、草花を買に来るお地蔵さまの縁日は、三十間堀の河岸通りである。
 逢う毎にいつもその悠然たる貴族的態度の美と洗錬された江戸趣味の品性とが、自分をして坐ろに蔵前の旦那衆を想像せしむる、我が敬愛する下町の俳人某子の邸宅は、団十郎の旧宅とその広大なる庭園を隣り合せにしている。高い土塀と深い植込みとに、電車の響も自ずと遠い嵐のように軟げられてしまうこの家の茶室に、自分は折曲げて坐る足の痛さをも厭わず、幾度か湯のたぎる茶釜の調に、耳を澄まして、礼儀のない現代に対する反感を休めさせた。
 建込んだ表通りの人家に遮ぎられて、すぐ真向に立っている彼の高い本願寺の屋根さえ、何処にあるのか分らぬような静なこの辺の裏通には、正しい人達の決して案内知らぬ露地のような横町が幾筋もある。こう云う横町の二階の欄干から、自分は或る雨上りの夏の夜に、通り過る新内を呼び止めて、「酔月情話」を語らせて喜んだ事がある。また梅が散る春寒の昼過ぎ、磨硝子の障子を閉めきった座敷の中は黄昏のように薄暗く、老妓ばかりが寄集った一中節のさらいの会に、自分は光沢のない古びた音調の、ともすれば疲れ勝ちなる哀傷を味った事もあった。
 しかしまた、自分の不幸なるコスモポリチズムは、自分をしてそのヴェランダの外なる植込みの間から、水蒸気の多い暖な冬の夜などは、夜の水と夜の月島と夜の船の影が殊更美しく見えるメトロポオル・ホテルの食堂を忘れさせない。世界の如何なる片隅をも我家のように楽しく談笑している外国人の…

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