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島の便り
しまのたより
作品ID60663
著者折口 春洋
文字遣い新字旧仮名
底本 「鵠が音」 中公文庫、中央公論社
1978(昭和53)年8月10日
入力者和田幸子
校正者ミツボシ
公開 / 更新2023-02-17 / 2023-02-10
長さの目安約 79 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

一  昭和十九年八月十九日着信(東京都品川区大井出石町五〇五二 折口信夫先生(はがき)[#改行]千葉県木更津郵便局気付 膽七八三八部隊玉井隊 藤井春洋)
やつと第一報の機会を得ましたが、近況申しあげる訣にもまゐりません。たゞ健やかにゐることのみをお喜び願ひます。すつかり冴えきつた月星の空に向つて、この頃しきりに大森の様子が回想されることです。こちらは、永原鉦斎翁の志を継いでと思つても、たゞ名に負ふのみで、方違ひ、そんな風流も由縁もないことです。戦局のいよ/\迫つて参るにつけて、帝都の御生活の日に/\あわたゞしさを加へて居られることが思はれます。私なども、兵の上を思ひ自己を省てさし迫つた思ひに至ることが、日に幾度かございます。利子さん民子さん共によく御世話下さつてゐることゝ思つて、せめてもの心安らぎを得てゐます。どうぞよろしく申し伝へて下さい。鈴木さんはまだ満洲のことゝ思ひます。杏伯さん石川さん等にもよろしく申しあげて下さい。足一つあがりの宮もかくこそありけめ、と思ふ日ごろでございます。少しづゝ万葉も楽める心になつて来ましたので、歌も作りたいと思ひます。返信不用

二  昭和十九年八月頃(東京都品川区大井出石町五〇五二 折口信夫先生(はがき)[#改行]横須賀郵便局気付ウノ二七 膽七八三八部隊玉井隊 藤井春洋)
通信の数に限りがあつて、あまりどなたへも出せません。皆様によろしく。新聞に先生の「大八洲国の崎々」の出てゐたのを兵が見つけて来てくれて、早速のうとしました。毎日兵が働きつゞけてゐるので、その現場に出ては監督かた/″\いろ/\国の話を聞いたりしたりするのが一つの楽しみです。誰彼の俤がこの頃しきりに想ひ出されて来ます。たゞひたすらに皇軍の勝ちさびとよむ日の再び来る日が待たれることです。今はたゞ思ひ定めた様な心で静かにすぎ来しことなど思ひめぐらされることです。たゞしきりに心をうつのは、兵士等が健康のことです。責任といつたものをのり越えて、身にしみて来ます。夜はに目ざめていねつゝ真向ひの星空を見てゐると何だか来たるべき幸福をひた待ちにして、ぢつと穴ごもりしてゐるものゝ如く、歩いても人生にふれるものもありません。先生どうぞ健やかにおいで下さい。私も至つてからだは丈夫です。

三  昭和十九年九月頃(東京都品川区大井出石町五〇五二 折口信夫先生(封書)[#改行]千葉県木更津郵便局気付 膽七八三八部隊玉井隊 藤井少尉)
○通信に制限がありますので、ぼつ/\あちらこちらへ出してゐます。
○そちらから通信を下さる時には
横須賀郵便局気付ウ二七
 膽七八三八部隊 玉井隊
    藤井少尉
として戴きます。千葉の方は、こちらからの便だけをもつてかへるが、そちらからはとゞきさうもないのです。これですと日がかゝりますが、ある程度の郵便物なら来るはずです。
○たつて来てから戦局がに…

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