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神の如く弱し
かみのごとくよわし
作品ID60664
著者菊池 寛
文字遣い新字新仮名
底本 「菊池寛文學全集 第三巻」 文藝春秋新社
1960(昭和35)年5月20日
初出「中央公論」1920(大正9)年1月号
入力者卯月
校正者友理
公開 / 更新2022-11-23 / 2022-10-26
長さの目安約 29 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 雄吉は、親友の河野が、二年越の恋愛事件以来――それは、失恋事件と云ってもよい程、失恋の方が主になって居た――事々に気が弱くてダラシがなく、未練がじめ/\と何時も続いて居て、男らしい点の少しもないのがはがゆくて堪らなかった。
 河野の愛には報いないで、人もあろうに、河野には無二の親友であった高田に、心を移して行った令嬢や、又河野に対する軽い口約束を破ってまで、それを黙許した令嬢の母のS未亡人に対する河野の煮え切らない心持は、雄吉から考えれば腑甲斐なき限りであった。
 雄吉が、若し河野であったならば、斬ったり突いたりするような事は、自分の教養が許さないにしても、男らしい恨みを、もっと端的に現わせる筈だのにと思った。それだのに河野は、ぐたぐたとなってしまった許ではなく、令嬢の愛が自分にないと知ると、自分の身を犠牲にして、恋の敵手と云ってもよい高田と、自分の恋人とを、仲介しようとするような、自己犠牲的な行動に出ようとした。河野は、それを人道主義的な、高尚な、行動ででもあるように思って居た。雄吉は、そうした河野のやり方を、蔑んだ。自分が捨てられると、今度は直ぐ、自分の恋人と、憎まねばならぬ筈の恋の敵手とを、仲介しようとする、それでは至純と思われて居た筈の河野の最初の恋までが、イカサマな贋物のように思われるのではないかと雄吉は思った。
 而も、河野のそうした申出が、相手の高田から『大きなお世話だ。』と云うように情なく断られると、今度は最後の逃げ道として、帰郷を計画しながら、而も国へ帰ったかと思うと、もう三日振りには、淋しくて堪らなくて、東京へ帰って来たのであった。
 それに、自分独りで、グッと踏み堪える力がなくて、毎日のように友人を代りばんこに尋ねて、同じ愚痴を繰り返して、安価のお座なりの同情で、やっと淋しさをまぎらして居るような河野の態度も、雄吉には堪らなくはがゆかった。
 それも、細木だとか雄吉など云う極く親しい友人が、河野の愚痴を聴き飽いて、もう新鮮な同情を与えなくなると、今度は高等学校時代の旧友や、一寸した顔馴染の人達を囚えて、河野は相変らず、同じ事を繰り返して居るようであった。
「若し、河野があの失恋をグッと踏み堪えて居て、田舎で半年も、じっと黙って居て呉れゝば、我々はどれほど河野を尊敬したかも知れない。河野だって、何れほど男を上げたかも知れない。」と、雄吉は細木などに、よくそんな事を云って居た。
 河野の失恋は、その腐ったような尾を、何時迄も、引いて居た。そして、その尾は何時の間にか、放恣な出鱈目な、無検束な生活に変って居るのであった。彼の生活の何処にも、手答えがなかった。性格から、凡ての堅い骨を抜き取ってしまったように、何事をするにも強い意志がないように見えた。そして、おしまいには、今迄の親友の群を放れて、何時の間にか、遊蕩生活をさえ始めて居た。そ…

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