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にくまれぐち
にくまれぐち
作品ID60674
著者永井 荷風
文字遣い新字新仮名
底本 「花火・来訪者 他十一篇」 岩波文庫、岩波書店
2019(令和元)年6月14日
入力者入江幹夫
校正者ムィシュカ
公開 / 更新2024-12-03 / 2024-12-03
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 現代文士の生活も年月を経るに従って今では殆一定の形式をつくりなすようになった。ここに文士の生活と言ったのは何であるか。則現代の青年が専門の学校を卒業した後、世の雑誌新聞に文章を掲げその報酬を以て生計を営むことを謂うのである。これ等現代の文士はまだ学業を卒らぬ中から早くも学校内で広告がわりに発行している雑誌または新聞紙に草稿を投じ、その編輯を担任している先進者の推挙を待ち、やがてその後任者となる。これ等が文士生活の第一歩であろう。学校の経営者も今日の世に在っては教育事業も商業の一種となった事を意識している。そして自分等も校長とか教授とか或は監事とか評議員とかいう職務を踏台にして、折もあらば他に栄達の道を求めようとしているので、第一には学校の広告となり、第二には学生の気受をよくしたいがために、校内で新聞や雑誌を刊行することを許可しているのである。さて学生にして校内発行の印刷物に関係することを得た者は、また絶えず機会を窺って世間知名の専門文士、或は世の新聞雑誌の記者、或は書肆出版商に接近し漸次に文士生活に入るべき道を習い覚えるのである。文士生活を営むに最必要なるは政治家の政治運動をなすと同じく、常に集団をつくって勢力を張ることである。是がそも/\過去の文士生活とは全く趣を殊にする所である。むかしの青年文士は互に心置きのないもの四、五輩相寄れば、往々行先も定めず、近郊の散策に好晴の半日を消し、帰途牛肉屋か蕎麦屋の二階に登って、陶然一杯の酒に途次獲たところの俳句でも示し合って、款語するくらいの事を無上の娯みとなしたに過ぎない。現代の文士に至っては俳句の一首さえも知名の俳人と一堂に会して膝を接するに非らざればこれを吟ぜず。一たび吟じたならばまた知名の士とその名を連ねて世の新聞雑誌の紙上にこれを掲げることを忘れない。彼等はその友人の中にたまたまその著述を出版するものがあれば狼の如くその周囲に集り来って、祝賀の宴を張る。その状況を見るに彼等同臭の文士は自ら立って発起人となりまずその姓名を連署した往復端書を印刷しこれを知名の文士新聞記者等の許に郵送する。著者とは一面識なきものでも、或は著者の思想とは全く傾向を異にしている者でも、それ等の事には更に頓着せず、ただ一人たりとも多く人を集め一銭たりとも多く会費を獲ようとする。かくの如き宴会には当夜の幹事が飲食店に対して往々満足に支払いをしないこともあるとやら。
 さてかくの如き出版祝賀の宴会が催されると、彼等同臭の青年文士は更にまた往復葉書を印刷して、先に出版物を贈呈して置いた文士連の許にこれを発送し期限を定めて、かの出版物に対する批評または感想録の如き返書を請求し、やがてこれを雑誌に掲載して、著者に向っては頻に友誼を重んずるがために犬馬の労を惜しまなかったことを説く。しかしその実は著者の羽翼を借りて自分達の名を弘めようとするので…

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