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金銀の衣裳
きんぎんのいしょう
作品ID60727
著者夢野 久作
文字遣い新字旧仮名
底本 「定本 夢野久作全集 全8巻 6」 国書刊行会
2019(令和元)年5月24日
初出「九州日報」1919(大正8)年6月30日
入力者佐藤すだれ
校正者木村杏実
公開 / 更新2022-01-04 / 2021-12-27
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 昔或る処に貧乏な母娘がありました、お父様は早くになくなつて今はお母様と娘のお玉と二人切でしたが何しろ貧乏なので其日其日の喰べるものもありません、只お母様が毎日毎日他所へ行つて着物の洗ぎ洗濯や針仕事をしていくらかの賃金を貰つて来てやつと細い煙を立てゝ居りました。処が此お玉と云ふ娘は生れ付きまことに縹緻がよくてとても人間とは思はれぬ位で名前の通り玉の様に美しく月の様に清らかな姿をして居りましたから近所の村や町の人々は皆不思議がつて砂利の中に玉が湧いたと云ひ囃して居りました。お母様も家が貧乏な丈けにこれを聞くにつけてもお玉の美しいのがいぢらしくてなりませぬ。あゝ若しこれが大金持ちか王様の娘であつたならば美事な着物を何枚も着せて大勢の人々に見せびらかさうものを、折角此様に天人の様な美しい娘を授かり乍ら着せるものは汚い黒い襤褸しか無い、嗚呼何と云ふ情ない事であらうと娘の顔を見る度に涙を流して居りました。
 処が丁度此玉が七つになつた年の春の事で御座いました、何処から飛んで来たものか一匹の蠶の蛾が這入つて来まして破ら家の隅の柱にとまつて卵を沢山に生み付けて行きました。これを見るとお母様は不図思ひ付いてこれこそ神様から娘によい着物を下さると云ふ体徴であらうと思ひまして其卵のかへるのを待つて居りますとやがて沢山の蠶が生れまして床の上を這ひ初めました。これを見るとお母様は直に隣りの金持ちの裏の畠から桑の葉を千切つて来て床の上に撒いて遣りますと蠶は皆桑の葉の香気を慕ひ寄つて来ましたから床の上に仕切をしてすつかり其中に集めてしまひました。
 それからお母様は毎夜毎夜出て行つて隣の家の裏畠から桑を千切つて来ては蠶に遣りました、他所の物を盗むといふことは悪い事には違ひありませぬがお玉の可愛さが胸一パイになつて居るお母様の身に取つては善い事も悪い事も考へる隙がありませんでした。
 其中に蠶はずん/\大きくなつて最早二三日ばかりすると繭をかけると云ふ一番大切な時になりました、お母様はいつもの通り金持ちの家の裏の畠に桑を盗みに行きますと其の夜は美しい月の夜で今まで毎晩葉を千切られた桑の樹が皆枝ばかりになつて白い光りの下にズラリと並んで居りました。
 母親は今更悪い事をしたと思ひました、清らかな月の光りを見るのが恥かしくなりました、左様して只悲しさの余り畠の中に泣き伏して居りました。
 金持ちの家では今年に限つて桑の葉が足りないのを不思議に思つてそれとなく見張りを付けて居りますと見張の者は此の有様を見つけましてそつと家へ知らせましたからそれと云ふので大勢で桑畠を取り捲いて一時にわつと襲ひかゝりました。
 母親は驚いて起ち上りました、そして捕へ様とするのを振り切つて逃げ出しましたがあまり夢中に走つた為に桑畠の中にある深い/\古井戸に落ち込んだのを気がついたものは一人もありませんでした。左様し…

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