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金剛石
ダイヤモンド
作品ID60728
著者夢野 久作
文字遣い新字旧仮名
底本 「定本 夢野久作全集 全8巻 6」 国書刊行会
2019(令和元)年5月24日
初出「九州日報 朝刊」1921(大正10)年11月16日
入力者佐藤すだれ
校正者木村杏実
公開 / 更新2022-03-11 / 2022-02-25
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 或る仕立屋のお神さんが往来で素敵も無い大きな金剛石入りの指環を拾ひました。お神さんは吃驚して直ぐに警察へ届けて置きましたが落した人がどうしてもわからないと云ふので一年経つとお神さんは呼び出されて「これはお前のものにして宜い」と云つてそのダイヤモンドの指環を渡されました。お神さんは狂人の様になつて喜んで直ぐに家に帰り亭主にそれを見せました。亭主も大喜びでしたがお神さんは亭主に向つて此金剛石の指環を篏めても恥かしく無い位の立派な着物をこしらへて呉れと頼みました。亭主は直ぐに家中にある一番良い布を切つてお神さんの着物をこしらへて其上に靴から帽子手提袋まで作つて与へますとお神さんは大喜びでそれを身に着けて方々歩いて居りましたが其中にこれ位立派な着物を着て居るのに馬車が無くてはきまりが悪いから、立派な二頭立ての馬車を買つてくれと云ひ出しました。亭主は家中に有り丈けのお金でお神さんの望み通りの馬車をこしらへて遣りました。お神さんは喜んでそれに乗つて方々を駈まはりました。すると又或日お神さんは外から帰つて来て、妾の身装りは貴婦人よりずつと立派にして居るのにお前さんが仕立屋では困るぢやないの。お前さんがそんな賤しい仕事をして居る為に妾は貴婦人に交際が出来ないぢや無いの。妾はもうお前さんに愛憎が尽きたから此家を出て行きます。といつて今にも出て行かうとしましたので流石にお人好しの仕立屋も此言葉を聞くと大層憤つてお神さんを打ちました。するとお神さんも憤つて亭主に打ちかゝりました。其拍子に指にはめて居た大切の大切の指環が飛んで真赤に燃えて居るストーブの中へ落ちました。お神さんも亭主も慌てゝ拾ひ上げようとしましたが間に合ひませんでした。指環の中の金剛石は眼も眩む程美しい光りを放つたかと思ふと見る間に灰になつてしまひました。二人は呆気に取られて見て居りましたがお神さんはいきなり亭主の胸に縋り付いて泣き出しました。そして申しました。
「妾が悪う御座いました。堪忍して下さい。もうこれから決して貴婦人にならうとは思ひませぬ。彼の金剛石は貴方と妾の間を割く悪魔でした。」



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