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真劇シリーズ
しんげきシリーズ |
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作品ID | 60784 |
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副題 | 01 第1話 分身 01 だいいちわ ぶんしん |
原題 | REAL DRAMAS, No. 1: His Second Self |
著者 | ホワイト フレッド・M Ⓦ |
翻訳者 | 奥 増夫 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
初出 | 1909年 |
入力者 | 奥増夫 |
校正者 | |
公開 / 更新 | 2021-01-03 / 2020-12-26 |
長さの目安 | 約 11 ページ(500字/頁で計算) |
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今は亡き俳優手配師の備忘録より
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ボサボサの顎鬚を生やし、鼻の下をそり上げた鉄面皮の男が、フンと軽蔑して辺りを一瞥した。
こんな失態は許せない。男は時間と規則に従って生きている。
顔を一部しか剃らないのは父も祖父もそうだったから。昔の霜降りスーツを着ているのも同じ理由だ。
思い起こせば、いつも日曜日の食事は午後一時、冷めた肉とシュエット・プディングだった。同じ家に六〇年住み、家具はピカピカに磨かれたマホガニー、椅子は頑丈な馬巣織り、召使いは同じ仏頂面の頑固者だ。
毎年、同じ区域の陰気な事務所を回り、毎年同額のお金をがっちり稼ぐ、偏見と自信の塊だった。あまりに単調で退屈な為、妻は死んでしまった。男の暗い人生の中でたった一回の色恋沙汰が妻だった。
そして男が怒り心頭に発したのは一人娘が家出したことだ。我が家はケッペル・ストリートで最高に豪華で洗練されていると思っていたのに。
サミュエル・バートンはそういう男だった。めったに喜びを表わさない、やはり特異な人だ。信念に従い、高潔・公正を旨とし、不都合な行為には聖書をおもむろに引いて、冷静に感情抜きで、いつも正す。
自分が孤独、不幸、惨め、とは夢にも思ってない。それを知ったら仰天しよう。さらに謹厳実直な外見の下に、深い人間愛があったなんて、もっと驚くだろう。
今までブルームズベリー劇場の人情劇を見に行ったことはない。言うなればだまされて入った。つまり誤って、大ホールじゃなく小ホールの方へ入場し、半クラウン硬貨を払ってしまい、自身の性格上、元はきっちり取ってやると決めた。案内服の少女がプログラムを手渡した。苦笑いしながら読んだ。
こんなバカげたところは二十五年、来ていない。ずっと昔、ほんのひと月、くだらん芝居を見たことがあった。いろいろな理由でその時を今は思い出したくない。
あの時すっぽかしたら、結婚せず、娘も生まれず、老いてから娘が逃げることもなかったろうに。これにはわけがあったが、サミュエル・バートンは直視しなかった。そうすることは自分の判断を否定することであった。
最初の演目は三部作の喜劇。軽くて面白い寸劇で、観客は大いに喜んだ。バートンは表情一つ変えず最後まで見た。あんなことで笑うなんておかしいんじゃないか。ちっとも生活感がないもの。
夫が若妻の誕生日を、わざと忘れた振りしたからと言って、わーわー泣くほど女は馬鹿じゃない。小喜劇はどれもそんなものだ。実にくだらん。
カーテンが下りた時、隣席の感じのいいご婦人が涙を拭いているのもこっけいだ。バートンはこの寸劇がフランス喜劇の傑作品であることも、有名な作家が腕によりをかけて笑いと涙を巧みに織り込んだことも知らない。
要するに人情劇など認めようとしない。周りの人間が全員いいなあと感じているなん…