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現代語訳 平家物語
げんだいごやく へいけものがたり
作品ID60795
副題11 第十一巻
11 だいじゅういっかん
著者作者不詳
翻訳者尾崎 士郎
文字遣い新字新仮名
底本 「現代語訳 平家物語(下)」 岩波現代文庫、岩波書店
2015(平成27)年4月16日第1刷
初出「世界名作全集 39 平家物語」平凡社、1960(昭和35)年2月12日
入力者砂場清隆
校正者みきた
公開 / 更新2022-11-07 / 2022-10-26
長さの目安約 67 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

逆櫓

 元暦二年の正月が来た。九郎大夫判官義経は、法皇の御所に行き、大蔵卿泰経朝臣へ奏上を頼んだ。
「平家一門は、神、仏からも見放され、君にも捨てられて、都を落ち、西海の波の上に漂う落人となって早や三年になりますが、その間、微力ながらまだ生き長らえ、諸国の通行を妨げておりますのは、何としても口惜しいこと、此のたび、義経、地の果、海の果までも平家一門を追いつめ、攻め落さなければ、二度と再び都の土を踏まない覚悟でございます」
 法皇はこの義経の言葉を大変喜ばれ、
「夜を日についでも、逸早く勝敗を決して参るように」
 というお言葉を賜わった。
 義経は喜び勇んで、宿所に帰ると侍達を呼び集めた。
「此のたび、義経は、院の仰せを承わり、鎌倉殿の代官として、平家追討を仰せつけられたのじゃ。陸は駒の蹄の通れん限り、海は櫓や櫂が漕ぎ得る限り、どこまでも戦うつもりじゃ、もしわしの言葉に異論があれば、即刻唯今、鎌倉へ引上げい」
 といい放ったのであった。
 屋島では、正月も過ぎ、二月になった。仮住いの生活も、いつか三年を数えていた。噂に脅え、風聞に胸を躍らせ、一日たりとも、心の安まる暇のない生活であった。
 新中納言知盛は、
「東国、北国の輩は、平家重代の恩を忘れ、約束を忘れて、頼朝、義仲のいいなりに従った。この有様では、西国の者とても同じようなものではないかと考えたからこそ、あれほど、都に留まり、どうにでもなろうと申しあげたのに、お聞き入れなく、自分の勝手にもならないまま、ここまで落ちのびて、こんな辛い日々を送らねばならぬのは、本当に残念じゃ」
 といわれるのも尤もなことであった。
 義経は、いよいよ決意の色を固めて都を出発、摂津国渡辺から船を用意して屋島へ渡る計画をたてた。
 朝廷では二月の十日、伊勢、石清水八幡に官幣使を立てた。主上並びに三種の神器が、無事都に戻るよう、各社において祈祷を行なうようにとのお使いである。
 渡辺に勢揃いした義経の軍勢は、十六日、いっせいに船の纜を解こうとしたが、その日は、折柄、北風が激しく吹き荒れて、大波が立ち狂い、海辺に並べられた船の中で、破損したものが何隻か出た。仕方がなく、その日、一日修理のために留まった。東国の武士たちは船軍には不慣れなので、誰もが半分おっかなびっくりであった。梶原平三景時が進み出るとすぐいった。
「このたびの合戦には、逆櫓をご採用になっては、いかがでござりますか?」
「何? 逆櫓だと? それは一体何じゃ」
 義経が尋ねた。
「馬でござりませば、前へ行くのも後へ引くのも手綱一つ、駆引き自在勝手でございますが、船はそうはいきません。そんな場合に備えて、船首、船尾に櫓を立て違え、脇梶を入れて、進むにも退くにも楽なようにいたすためのものでござります」
 すると義経は、景時をじろりと横目でにらみながら、
「門出に当って、何た…

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