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現代語訳 平家物語
げんだいごやく へいけものがたり
作品ID60797
副題12 第十二巻
12 だいじゅうにかん
著者作者不詳
翻訳者尾崎 士郎
文字遣い新字新仮名
底本 「現代語訳 平家物語(下)」 岩波現代文庫、岩波書店
2015(平成27)年4月16日第1刷
初出「世界名作全集 39 平家物語」平凡社、1960(昭和35)年2月12日
入力者砂場清隆
校正者みきた
公開 / 更新2022-12-05 / 2022-11-26
長さの目安約 39 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

重衡被斬

 本三位中将重衡は、伊豆の狩野介宗茂の許に預けられたままになっていたが、南都の大衆が、しきりに、その処分を迫ってきているので、頼朝としてもそのままにしておくこともできず、源三位入道頼政の孫、伊豆蔵人大夫頼兼が守護して、奈良へ連れて行くこととなった。
 都へ入ることは許されなかったので、大津から山科、醍醐を通ることとなった。この道筋からは、重衡の北の方、大納言佐殿が忍び住む日野は程近かった。
 重衡が生捕られた後も、先帝に従って壇の浦まで行き、先帝の入水に続いて入水しようとするところを、源氏の武士に留められて、やがて京に帰り、日野に住む姉の大夫三位に頼って、そこに落着いていたが、風の便りに重衡卿のことを聞くにつけても、恋しさはつのる一方であったが、そうかといって、逢うことは、もちろん思いのほかのことであったから、唯、終日泣き暮していたのである。
 重衡は、日野の傍まで来ると、一目、奥方に逢いたい気持をどうしても押しかくすことができずに、守護の武士に申し入れた。
「道中、いろいろと親切にして頂いて、まことに嬉しく思っておりますが、一つ、わがままをお許し下さるわけには参らぬか。と申すのは、私、子は一人もおらぬ身故、その方の気遣いはござらぬが、ただ長年連れそった女房が日野に侘住居を続けていると聞いております。伺いますれば、ここから日野には程近いとやら、せめて此の世にあるうちに今一度逢っておきたいのですが、暫くお許し願えるでしょうか?」
 涙ながらに頼む重衡に、警固の武士も胸をつかれて、快く許した。
「大納言佐局は、おいでになりますか、唯今、奈良へおいでの途中、重衡卿が立ちながらでもお目にかかりたいと申されておりますが」
 使いの者の口上を聞いたとき、大納言佐局は自分の耳を疑ったのであったが、直ぐに走り出すと、日頃の慎しみも忘れて、どこに、どこにと叫びながら、縁先近くへ飛び出してきた。
 そこには藍摺の直垂に、折烏帽子の、色の黒いやせた男が、じっと立っているのであった。その人こそ、奥方が夢にも忘れたことのない重衡であった。
「夢ではござりませぬのか、現であったのですね」
 佐殿は、そういったまま、あまりの変り果てた夫の姿に、唯、呆然と見とれていた。
 重衡は、涙ながらに話し出した。
「去年の春、一の谷で討死するつもりであったのが生捕りにされた上、さらし者にまでなり、今度は奈良の大衆の手に渡されて斬られることになったのじゃ。せめてもう一度そなたに逢うことができれば、この世に思い残す事はないと思っていたのだから、もうこれで死んでも惜しくはない。何か形見と思うのだが、出家も許されぬ身でのう」
 淋しく笑いながら、急に思いついたらしく、重衡は額にかかる髪の毛の、口あたりまで届くところを一むら、喰いちぎって渡すのであった。
「私とてもお別れした後は、どんなに死んでし…

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