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現代語訳 平家物語
げんだいごやく へいけものがたり
作品ID60799
副題08 第八巻
08 だいはちかん
著者作者不詳
翻訳者尾崎 士郎
文字遣い新字新仮名
底本 「現代語訳 平家物語(下)」 岩波現代文庫、岩波書店
2015(平成27)年4月16日第1刷
初出「世界名作全集 39 平家物語」平凡社、1960(昭和35)年2月12日
入力者砂場清隆
校正者みきた
公開 / 更新2022-08-09 / 2022-07-27
長さの目安約 61 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

山門御幸

 寿永二年七月二十四日夜半、後白河法皇は按察使大納言資賢の子息右馬頭資時ただ一人を供にして、折からの闇にまぎれ人目を忍んで、御所を出た。行先は鞍馬の奥である。迎えた鞍馬寺の僧たちは突然のことに驚いたが、
「ここはまだ都から近うございますので、危険でございましょう」
 と口々にいうので、さらに奥へ入った。笹の峰、薬王坂などの険しい道を進み、ようやく横川の解脱谷にある寂定坊に辿り着かれた。ところが多くの僧たちは騒ぎ立てた。
「東塔へ御幸頂きたい」
 というのである。難をさける身であるから、再び東塔の南谷にある円融坊に行かれ、そこを御所とされた。そこへ武士、寺僧たちが集まって御所を厳重に守護した。しかし、ここにもすでに多くの噂が伝わっていた。天皇は平家と共に西海に落ちられ、上皇は吉野の奥に身を隠されているという。女院や宮々も八幡、賀茂、嵯峨、太秦、西山、東山などの片田舎に難を逃れている。平家一門は都より落ちたが、源氏はまだ京に入っていない。京は主のない都となった。
 そのうちに、法皇が比叡山におられると聞き伝えた殿上人たちは、われもわれもとお迎えにかけつけた。入道殿と当時いわれた前関白基房、当殿と呼ばれた近衛、それに太政大臣師長、左右大臣、内大臣実定、大納言忠親、中納言実宗などの外、参議、三位、四位も集る。世に重んじられ、位階昇進に望みをかけ、所領官職を持った人たちは、すべて法皇のところへやってきた。まるで都が遷ったような円融坊の賑わいであった。もともと狭いところに都の人たちが押しかけたのであるから、堂に入り切らぬ者は外で右往左往し、一眼でもいい、自分の参上の趣きを法皇に認めてもらおうとしてひしめきあった。喜んだのは比叡山の大衆たちである。山門の名誉この上なし、と彼らはまるで山門に政府でも出来たように悦に入っていた。
 法皇は二十八日都へもどられた。この時は木曽義仲が勢五万余騎を引き連れて守護したが、近江源氏山本冠者義高は、白旗を高く風に靡かせて先陣となった。威風あたりを払う入京は都人の目をみはらせたが、一際目についたのは白旗である。平家一色の京に住みなれた人々は、珍しい源氏の白旗を新しい歴史の動きとして見つめた。実に二十余年ぶりの白旗の都入りであった。そのうちに、十郎蔵人行家、数千騎を率いて宇治橋を渡って京に入る。陸奥の新判官義康の子、矢田判官代義清が大江山を越えて都へ、また摂津国、河内の源氏勢も協力して都へ攻めのぼる。たちまちのうちに京の街は源氏勢で埋めつくされた。
 そして義仲、行家はただちに院に呼ばれた。勘解由小路中納言経房、検非違使別当左衛門督実家の両人は、院の殿上の間の板縁に出ていた。そこへ現れた義仲の装立ちは、赤地の錦の直垂に唐綾縅の鎧を着こみ、腰に銀づくりの太刀を帯び、二十四本の切斑の矢を背に、重籐の弓を小脇にかいこみ、兜はぬいで鎧の高…

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