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現代語訳 平家物語
げんだいごやく へいけものがたり
作品ID60800
副題09 第九巻
09 だいきゅうかん
著者作者不詳
翻訳者尾崎 士郎
文字遣い新字新仮名
底本 「現代語訳 平家物語(下)」 岩波現代文庫、岩波書店
2015(平成27)年4月16日第1刷
初出「世界名作全集 39 平家物語」平凡社、1960(昭和35)年2月12日
入力者砂場清隆
校正者みきた
公開 / 更新2022-09-09 / 2022-08-27
長さの目安約 83 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

小朝拝

 寿永三年正月一日、法皇の御所は大膳大夫成忠の宿所、六条西洞院であるから御所としての体裁は整っていない。それ故、院の拝礼もなく、また内裏での行事である小朝拝も行なわれなかった。
 屋島に立てこもる平家はここで新年を迎えたが、元旦の儀式がうまくゆかぬのは当り前である。主上はおいで遊ばすが節会も行なわれず、腹巻の奉納もなく、吉野の国栖人の歌舞奉仕もなかったので、
「いかに末世とはいえ、都にいればかかる有様はなかった」
 などと嘆くことしきりであった。
 世に青陽の春が訪れ、磯吹き渡る風も和やかに、陽の光も長閑にはなってゆくが、ここの平家は氷に閉じ籠められた気がして、とても心のどけき春などという心境とは遥かに遠いものがあった。平家が語るは昔のこと、都の楽しかりし思い出ばかりである。京の東岸西岸の柳も今は相前後して芽を吹き、南枝北枝の梅が咲けば花が散る時期はちがっているなどと話し合い、花の朝、月の夜に詩歌管絃、鞠、小弓、扇合せ、絵合せ、草尽くし、虫尽くしなど、心楽しく遊んだ思いを語り続け語り明かし、春の遅日を過すのであった。

宇治川

 寿永三年正月十一日に木曽左馬頭義仲は院に参上して、平家追討のため西国へ出発する旨を申しあげた。十三日には早くも出発ということにきまった。そこへ、頼朝が京で義仲の狼藉を鎮めようと範頼、義経を将として差し向けた軍勢数万騎が、美濃、伊勢に到着する頃だろうという報告があった。驚愕した義仲は、宇治、勢多の橋板を取り外し、そこへ軍勢を派遣して防禦に当らせた。手勢が少なかったので、勢多の橋へは今井四郎兼平に八百余騎を率いさせて向け、宇治橋へは、仁科、高梨、山田次郎に五百余騎をつけて派遣した。一口へは伯父の信太三郎先生義憲を三百余騎とともに向わせた。
 東国から攻めのぼる大手の大将軍は蒲御曹司範頼、搦手の大将軍には九郎御曹司義経、これに従うは東国の主な大名三十余人、その軍勢合せて六万余騎という大軍である。
 この頃、頼朝は生食、磨墨という二匹の名馬を持っていた。この生食をしきりに欲しがったのは梶原源太景季である。梶原は頼朝に度々生食拝領を願い出たが、
「生食は、大事起らばこの頼朝が物具つけて乗ろうと思う馬である。磨墨もこれに劣らぬ名馬であるぞ」
 といって磨墨を梶原に与えた。その後、京へ征討の軍がのぼるとき、暇乞いに来た近江国の住人、佐々木四郎に頼朝は、なんと思ったのか生食を与えてしまった。そして、
「生食は所望したものが多かったが、誰にも与えなかったものだ。お前もこれは承知しておけ」
 というと、佐々木はひと方ならず感激した。
「今度この馬にて必ずや宇治川の先陣を務めてご覧に入れます。もし佐々木死んだと聞こし召さるれば、他の者が先陣したと思し召し下さい。まだ生きていると聞かるれば、先陣はこの佐々木が仕ったと思し召し下さい」
 と頬を紅…

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