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現代語訳 平家物語
げんだいごやく へいけものがたり
作品ID60801
副題10 第十巻
10 だいじっかん
著者作者不詳
翻訳者尾崎 士郎
文字遣い新字新仮名
底本 「現代語訳 平家物語(下)」 岩波現代文庫、岩波書店
2015(平成27)年4月16日第1刷
初出「世界名作全集 39 平家物語」平凡社、1960(昭和35)年2月12日
入力者砂場清隆
校正者みきた
公開 / 更新2022-10-07 / 2022-09-26
長さの目安約 60 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

首渡し

 一の谷の合戦で討たれた平家一門の首が都に帰ってきたのは、寿永三年二月七日である。
 この噂を伝え聞いた平家の縁者たちは、一体誰の首が帰ってくるのだろう、自分にゆかりのある者でなければ良いがと、夜もろくろく眠られない始末である。
 まもなく、首といっしょに一人生捕りになった三位中将も帰って来るという噂がつたえられた。この噂に心を痛めたのは、小松三位中将維盛の北の方である。三位中将と聞いただけで、てっきり、それは維盛に違いないと思いこみ、悲しみのあまり床に就いてしまったのである。ところが、この三位中将は同じ三位中将でも、本三位中将重衡のことだということがわかった。しかし、そうなると今度は、小松三位の方は首の中にあるのではないかという疑いが起り、嘆きは更に深くなってゆくのである。
 源九郎冠者義経、蒲冠者範頼の二人は、これらの首を東洞院の大路を北へ見せあるいた上で、獄門にかけたいということを後白河法皇に伺いをたてた。これには法皇もお困りになったらしい。太政大臣以下、重立ったる公卿五人を呼んで相談を掛けられた。すると、期せずして五人の意見は一致していた。いうまでもなく、反対だったのである。
「昔から、卿相という高官に就いた者が大路をさらされたことは先例がありません。更にこのたび、入京いたしましたこれらの方々は、いやしくも朝廷の御外戚でもあり、彼らをさらし者にすることは、朝家の威信を傷つける事になりましょう。義経の心中は、同情すべきでしょうが、この事ばかりは、お許しになるべきではないと思います」
 法皇も内々、同じ意見であったから、義経には、不承知の旨が伝えられた。義経の不満は大きかった。戦功の大きさに比べても、法皇のやり方は片手落ちに思えるのである。重ねて、義経は法皇に許可を求めた。
「保元の昔からかえりみますれば、祖父為義の仇、平治の乱では、父義朝の敵だった平家でございます。この口惜しさ、憤りは私の身にならなければおわかり頂けぬかと思いますが、更に平氏専横の政権をくつがえし、我身を捨てて働いたのも、何を申しましょう、すべて我が君のため、我が祖先の恥をそそがんためでございます。此の度のお願さえお許し下さらぬようでは、以後、何の張合があって戦を続けることができましょうか」
 重ねがさねの訴えには、法皇も志を屈せざるを得なかった。こうして、かつては九重の奥深く、顔さえみることもできなかった平家の公達の首が、都大路を幾万という観衆に見世物にされて渡されることになったのであった。それを一目見たさに、つめかけた老若貴賤の人々も、さすがに首となって帰ってきた彼らの姿には、哀れさが先に立ち涙なくしては見られなかった。
 維盛から後事を託された斎藤五、斎藤六の兄弟も、この観衆の中にいて、そっと姿をやつしていたが、見知った首、知り合いの首が過ぎる度に、いつしか、顔中、涙で…

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