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現代語訳 平家物語
げんだいごやく へいけものがたり
作品ID60803
副題02 第二巻
02 だいにかん
著者作者不詳
翻訳者尾崎 士郎
文字遣い新字新仮名
底本 「現代語訳 平家物語(上)」 岩波現代文庫、岩波書店
2015(平成27)年4月16日第1刷
初出「世界名作全集 39 平家物語」平凡社、1960(昭和35)年2月12日
入力者砂場清隆
校正者みきた
公開 / 更新2022-02-05 / 2022-04-08
長さの目安約 72 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

座主流し

 治承元年五月五日、叡山の座主、明雲大僧正は、宮中の出入りを差しとめられた。同時に、天皇平安の祈りを捧げるために預っていた、如意輪観音の本尊も取上げられた。更に検非違使庁を通じて、神輿を振り上げて、都へ押し寄せた張本人を摘発せよという命令もきていた。
 こうした、矢次ぎ早の朝廷の強硬策は、先の京の大火事に原因と理由があったろうが、もう一つには、とかく、法皇の信任厚い西光法師が、あることないこと、山門の不利になることばかりを、後白河法皇に告げ口したためであった。そのため、法皇は、ひどく山門に対する心証を害されているようだった。
 唯ならぬ事態の変化を読み取って明雲は、早やばやと、天台座主を辞任してしまった。
 変って、鳥羽天皇第七皇子、覚快法親王が、天台座主となった。
 その同じ日に明雲は、前座主の職を取上げられた上に、監視までつけられ、水さえもろくろくのまされず、まるで罪人扱いであった。
 十八日には、この明雲の処遇問題に就ての会議が開かれた。
 誰もが、法皇の前をはばかって、これという意見を出す者がなかったが、一人、左大弁宰相の藤原長方がひざをのり出し、
「法律家の意見に依れば、死罪を一等減じて、流罪ということになっている様でございますが、とにかく、前座主、明雲大僧正は、他の者とは事変り、その学問の深さ、天台、真言両宗を会得した当代稀なる名僧で、行ないは清浄、戒律を破った事のない徳高い人です。その上、我々にとっては、お経の師でもあり、高倉帝には法華経を授けられた師でもあります。これ程の人を流罪にする事は、決して穏便な事ではござりません。何卒、もう一度お考え直しになった方が良いのではありますまいか」
 と、苦々しげな顔を一層硬ばらせている法皇の前で、恐るる色もなく述べたてた。
 一座の者も誰一人反対する者はなく、我も我もと賛成したのだが、しかし、法皇のお憤りは、寵臣から焚きつけられているだけに根深いものがあり、誰一人法皇の心を柔らげる事ができなかった。清盛も、何とか、法皇の気持をとりなそうと参内したけれど、風邪気だからと体のいい玄関払いを喰う始末で、この一件だけは、徹頭徹尾、法皇の無理が通ってしまった。
 ここに前代未聞の座主の流罪が決ったのである。明雲大僧正は、僧籍をとりあげられ、俗人の扱いをうけ、大納言大夫藤井松枝という俗名をつけられ、伊豆国へ流される事になった。
 この明雲大僧正は、久我大納言顕通の子で、仁安元年座主となり、当時天下第一と言われる程の智識と高徳を備えた人で、上からも下からも、尊敬されていた人だったが、ある時、陰陽師の安倍泰親が、
「これ程、智識のある人にしては不思議だが、明雲の名は、上に日月、下に雲と、行末の思いやられるお名前だ」
 といったことがあったが、今になってみると、その言葉もある程度うなずけるものがある。
 二十一…

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