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現代語訳 平家物語
げんだいごやく へいけものがたり |
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作品ID | 60804 |
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副題 | 03 第三巻 03 だいさんかん |
著者 | 作者不詳 Ⓦ |
翻訳者 | 尾崎 士郎 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「現代語訳 平家物語(上)」 岩波現代文庫、岩波書店 2015(平成27)年4月16日第1刷 |
初出 | 「世界名作全集 39 平家物語」平凡社、1960(昭和35)年2月12日 |
入力者 | 砂場清隆 |
校正者 | みきた |
公開 / 更新 | 2022-03-08 / 2022-04-29 |
長さの目安 | 約 61 ページ(500字/頁で計算) |
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赦文
治承二年の正月がやってきた。宮中の行事はすべて例年の如く行われ、四日には、高倉帝が院の御所にお出でになり、新年のお喜びを申し上げた。こうして表面は、いつもながらの目出度い正月の祝賀風景が繰りひろげられていたが、後白河法皇の心中は、内心穏やかならぬものがあった。成親はじめ側近の誰彼が、殺されたり流されたりしたのは、つい去年の夏のことである。その生々しい光景はまだ、昨日のできごとの様に、まざまざと心に甦えってくる。その事をおもい出すごとに、法皇の胸には、清盛に対する、いや平家に対する憎悪の念が、いやましにひどくなってゆくのである。諸事万端、物憂く、政事もつい投げやり勝ちな日が続いていた。
一方、清盛の方でも、多田蔵人行綱の密告をうけてからというもの、ぬかりなく法皇の周囲に対する監視を怠らなかった。表面だけ鷹揚に構えてはいるが、どうして、どうして、清盛の鋭く光る目は、院の御所に向ってひときわ、きびしい光を見せるのであった。
正月七日、突如、東方の空に彗星が現れ、十八日には、光が一段と増した。
清盛の娘で、当時中宮であった建礼門院は、病床に伏していたが、秘法、妙薬の甲斐もなく、病状は一向はかばかしくなかった。国中あげて、病気回復を祈っていたが、これが、やっと妊娠のためだとわかったのである。時に天皇十八歳、中宮は二十二歳、もちろん初産である。平家一門の喜び方は大変だった。
「これで、皇子誕生となれば万々歳じゃ」
とまるで既に皇子が誕生でもしたかのように、勇み立っていたし、世間でも、
「勢に乗ってる平家のことじゃ、皇子誕生も間違いなかろう」
というのが、一般の噂であった。
ご懐妊の事実がはっきりしてくると、今度は前以上に、国の全力を挙げて皇子誕生の祈祷が行われることになった。
ありたけの高僧貴僧が呼び集められ、秘法の限りを尽すことになった。星を祭り、仏や菩薩には、皇子誕生のことばかりを祈願した。六月一日は、岩田帯の儀式があった。
仁和寺の御室、守覚法親王が参内、孔雀経の法で祈り、天台座主覚快法親王も揃って祈祷した。これは変成男子の法という秘法で、胎内の女児を男児に変成するものである。
月が進むに従い、中宮の苦しみ方は、傍のみる目も痛わしかった。一度び笑えば百媚生ずといわれた美貌も、すっかりやつれ果て、長い黒髪をがっくり横たえて、頭を上げるのもやっとというその姿は、まさに、梨花一枝、春雨を帯ぶ、という風情であった。
ところで悪いことには、悪いことが重なるもので、唯でさえ衰弱している中宮に、またしても物の怪がとりついたのである。童子に物の怪を乗り移らせて占ってみると、多くの生霊、死霊が、取りついていたことがわかった。とりわけその内でも執念深いのは、去る保元の乱に讃岐に流された崇徳院の霊、同じく首謀者、左大臣頼長、新しい所では、新大納言成親、西光…