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現代語訳 平家物語
げんだいごやく へいけものがたり
作品ID60805
副題04 第四巻
04 だいよんかん
著者作者不詳
翻訳者尾崎 士郎
文字遣い新字新仮名
底本 「現代語訳 平家物語(上)」 岩波現代文庫、岩波書店
2015(平成27)年4月16日第1刷
初出「世界名作全集 39 平家物語」平凡社、1960(昭和35)年2月12日
入力者砂場清隆
校正者みきた
公開 / 更新2022-04-08 / 2022-05-01
長さの目安約 64 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

厳島御幸

 治承四年正月一日、法皇の鳥羽殿には、人の訪れる気配もなかった。入道相国の怒り未だとけず、公卿たちの近づくのを許さなかったし、法皇も清盛をはばかっておられたからである。正月の三日間というもの、朝賀に参上するものもいなかったが、僅かに桜町中納言とその弟左京大夫脩範だけが特に許された。
 正月二十日は東宮の御袴着、ついで御魚味初というので、宮中はめでたい行事で賑ったが、落莫とした鳥羽殿の法皇にはほとんど別世界の出来事のように思われた。
 そして二月二十一日、高倉天皇のご譲位があり、東宮が即位された。高倉天皇は別にご病気でもなく、ご欠点もなかったのであるから、清盛の強引な政策の仕業ともいえよう。平家の一門は、時節到来とわが世の春を謳歌し、またこれに対する非難の声はひそかに京の街を流れたのである。
 ご即位とともに、三種の神器、八坂瓊曲玉、草薙剣、八咫鏡は新帝の御所へ移され、公卿たちは古例に則った儀式をとり行なったが、このあと、公卿の控所に顔を出した左大臣藤原経宗が、ご譲位の真相を告げたので、心ある貴族たちは、悲憤し、たがいに涙を流したという。自らすすんでのご譲位でも、やはり哀れさはつきまとうものである。まして無理強いの譲位であればと、上皇のご心中を思って涙に咽ぶ人々が多いのも当然のことといえる。すでに上皇の御所からは歴代の宝物は新帝の所へ移されてある。灯火の数も少く、時を告げる役人の声すら、ここでは聞くことがない。新帝の即位という華かな祝宴の中に、高倉上皇の閑院殿はひっそりと暗い翳を落していた。
 新帝安徳天皇、ときに御年三歳。そして、旧帝への同情を交えた「余りにも幼なすぎる」というささやきが身辺にくり返されていたのである。噂を耳にした平大納言時忠は、憤怒の面持で、故事をひき先例をあげて、即位の正当なることを述べたが、その声は、むしろ怒鳴るのに近かった。もちろん、時忠が新帝の乳母、帥典侍の夫であることもその原因の一つであろう。時忠はいった。
「新帝が若すぎるというのは愚かな話だ。異国の例はいくらもある。周の成王三歳、晋の穆帝は二歳、本朝をみるなら、近衛院三歳、六条院二歳である。みなおむつに包まれていたため、装束を正すことができなかったのは残念だが、いずれも摂政が背に負うとか、母后がお抱きになるとかして、即位の式はとどこおりなく行なわれている。これはすべて書物に明記されてあるではないか。何の不都合もないのだ」
 この歴史的弁護論は当然、「そんな勝手なことがいえるのか」とか、「先例はすべて善例なのか」といったような反論を貴族の間によび起したが、しかしいずれも私語の域は出なかった。
 新帝の即位は、皇室との親族関係樹立という清盛永年の悲願をかなえさせた。入道相国夫婦は天皇の外祖父、外祖母である。ともに准三后の宣旨をうけ、年官年爵を頂戴した。絵や花で飾られた衣…

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