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死体置場への招待
したいおきばへのしょうたい
作品ID60931
副題――ある老フェミニストより
――あるろうフェミニストより
著者森 於菟
文字遣い新字新仮名
底本 「耄碌寸前」 みすず書房
2010(平成22)年10月15日
入力者津村田悟
校正者hwakayama
公開 / 更新2024-09-13 / 2024-09-09
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 拝啓
 お嬢さん、わたしは死体屋です。
 こんなことをいうと「キャー、あらいやだ」とあなたはおっしゃるかもしれない。
 でもほんとうです。わたしは死体屋です。うす汚れた白衣を毎朝まとって、皺だらけの手にキラリと光るメスをもって、モルグの中に降りてゆく死体屋です。
 でも殺し屋ではありません。そればかりか、この世で一番尊い職業だと思っています。
「そう、どうせ職業に貴賤はないでしょう。でもわたしには関係ないわ。そんなお仕事、あんたみたいに棺桶に片足突っ込んだお爺さんにお似合いよ」とあなたはおっしゃろうとしている。
 でも、美しいお嬢さん。わたしが自分の職業をあえて「尊い」というのはなにも負け惜しみからではありません。また老人の強情からでもありません。
 女性、つまりお嬢さんが一番美しくみえる職業なればこそ「尊い」と自信をもっていえるのです。
 一番あなたに大切な男性、それはあなたの美しさを最も賛美する男性ではないでしょうか。
 わたしはお嬢さんがさらに美しくなる秘密を知っています。それはわたしのモルグの死体たちの仲間にお入りになることです。
 お嬢さん、あなたはまた驚かれましたね。あいすみません。
 でも、わたしは信じていることをそのままいってみただけのことなんです。いや、単なるわたしの信念ではありません。事実を申したまでです。
 わたしのモルグの死槽中にある液体ほど、あなたのお肌を美しくするものはありません。それはあなたのやわらかなお肌を玉のように磨くのです。
 わたしは自分の仕事を忘れて、しばしあなたのお美しさにみとれるのです。わたしはこの世にご自分の肌のきたなさを歎く不幸な方々がおられることを知っています。そしてお嬢様がたはひとしくおきれいで、お可愛らしくあるべきだと希望するわたしの胸はしめつけられるような気がするのです。
 でもわたしのモルグではそんな悲しみは全くないのです。
 最近、科学的に研究された立派な化粧品が世間に出廻るようになり、お嬢様がたの美しさはますます輝きをまして参りました。
 でもわたしのモルグの化粧水ほどあなたの秘められた美を実現するものはありますまい。
 モルグの化粧水はアルコールとほんの少しのフォルマリンとヘモグロビンや蛋白質がたっぷり入った血液から成っています。
 アルコールはまずお嬢さんのお肌を消毒し、かつ汚れを取ります。
 この世の化粧水にもアルコール成分が入っているものが多いでしょう。『熱いトタン屋根の上の猫』というエリザベス・テイラーが主演した映画がありましたね。あの中にも多分アルコールで体をふいてオーデコロンをつけるといった科白があったような気がしましたが。
 次にフォルマリンです。これは物質を硬化させる役をします。つまりアストリンジェントの役をするのです。あなたのお疲れ気味のお肌にピリリと生気を与え、若々しい張り…

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