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宇宙の二大星流
うちゅうのにだいせいりゅう
作品ID60974
著者寺田 寅彦
文字遣い新字新仮名
底本 「寺田寅彦全集 第十二巻」 岩波書店
1997(平成9)年11月21日
初出「東京朝日新聞」1907(明治40)年12月14日
入力者砂場清隆
校正者木下聡
公開 / 更新2022-12-31 / 2022-11-26
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 我邦のような湿気の多い土地では、空が本当によく晴れ切って天の河原の砂も拾えそうな夜は年中でわずかしかない。先ず十二月から正月へかけて二ヶ月くらいなものであろう。天文学者はこの機を利用して観測に耽り、詩人宗教家はこの間に星月夜の美観を唱い造化の偉大を頌える事が出来る。それで時節柄天体の運動に関する最新の大発見をちょっとここで読者に御紹介しておきたい。
 小学校や中学校で教える天文学では、大小無数の恒星もその一なる太陽も動かぬものとなっている。吾等が棲む地球はその姉妹なる諸遊星と独楽のように廻りながら太陽の周囲を不断週遊しているのであると講釈する。なるほどこれで大体は正しい。春夏秋冬昼夜の別は勿論の事、複雑な諸星の行動も遺憾なく理解する事が出来る。しかし太陽も満天の恒星も全く動かぬというのは、実は、嘘ではないまでも人を見て法を説く小乗の方便である。動かぬどころか大いに動いている。いやどんなに速い鉄砲玉でも追付かれぬくらいな速度で空間を飛んでいる。そんなに動いているものを動かぬなどと教えるのは不埒千万だと御咎めになる方があれば、それには次のような弁解をしなければならぬ。先ず大きな汽船に乗って遠洋へ出たとする。四方見廻す限り陸地の影も見えぬ、ただ水平線上に幾筋かの横雲が静かに横たわっていると想像する。この時船中の食堂で卓を囲んで皿の肉をつついている人には船が進んでいようがいまいが何の痛痒も感ぜぬ、船が動けば皿の肉もそれを食っている自分自身もやはり一緒に動いて行くからだ。その時「オイ君の食ってるビフテキは一時間三十浬で走っているぜ」と教えるのは少々馬鹿げているではないか。小学校や中学校で太陽系を説くのは丁度船中で船内の事のみを教えているようなものである。それからまた船が一直線に進んでいる時遥かな水平線上の雲などを見ていれば雲も動かず船も動かず、いつまでも同じ処で波を切っているような気がする。これは雲が遠いからである。それと同じようにすべての恒星は非常に遠いので太陽系がこれに対して移動している事が短い年月の間には認められぬのである。しかし事実は何処までも事実であるから皿のビフテキはやはり飛んでいる、食っている人はこれを追っ駆けながら平気でいる。ビフテキばかりか船も飛んでいる。海も陸地も地球と一緒に凄まじい速度で太陽のまわりを飛んでいる。太陽はまた地球その他の遊星を率いて天の一方リーラ星座に向って突進している。この事を始めて気付いたのは英国のハーシェルという星学者であった。一見動かぬと思われる恒星をよくよく調べてみると実は少しずつ動いている。少しずつと云うのは遠い地球から見て云う事で実は驚くべき速度で動いている、がどの星もみなリーラ星宿から外へ向いて散開しつつあるように見える。これを畢竟するに太陽系がこの星座に向って進んでいるため、丁度船が港に近づく時眼前の景色が目指す…

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