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妹
いもうと |
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作品ID | 60981 |
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著者 | 中野 鈴子 Ⓦ |
文字遣い | 新字新仮名 |
底本 |
「中野鈴子全詩集」 フェニックス出版 1980(昭和55)年4月30日 |
入力者 | 津村田悟 |
校正者 | かな とよみ |
公開 / 更新 | 2024-11-12 / 2024-11-06 |
長さの目安 | 約 2 ページ(500字/頁で計算) |
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妹は出かけて行った
一か月に一回の面会を 三か月のばして やっと出かけて行った
タンスの底の しめっぽくなっているきものを引っぱり出し
右と左のびっこの足袋をはいて――
妹はモチ米を一斗さげて行った
米を代えて汽車賃をつくるためだった
停車場 汽車の中 歩く道にもヤミ米テキハツの警官が立っている
妹は
一斗の米をふた包みにし、軽い風呂しき包みにみせかけ奥さん風に停車場を降りた
いま降りた乗客に むらがるようにケイカンが飛びかかっていた
ケイカンは妹にもとびついた ケイカンにつれられ
拇印を押し 妹はモチ米一斗をとりあげられた
彼女は目まいをしながら外へ出た
電車をのりかえ
妹は
刑務所の門を入った
面会室に夫はほほえんで立っていた
彼女は唇のふるえるのをつよくおさえ 目を上げて夫を見た
百日目にみる夫のかおは青ぶくれて 目がかすんでいるように
そして
青ぶくれたかおが笑っている
夫はいった
汽車賃ができたのか?
米は大分とれたか?
彼女はほほえもうとした
夫は笑っている 青ぶくれて
青ぶくれて 風せん玉をはり
壁の中に一人でいる
囚われて三度目の冬を控え
はりめぐらした とりでの中に
夫は笑っている
どんよりした目を輝かすように――
稲を刈り 稲をしき
モミをすり
百日を着たままでねむり
ヒビ アカギレに爪は割れ
みのりのすくないモチ米を 売るために作り
売って汽車賃をつくろうとし
百日を待ちつつ働き
正月のモチ米をへらして
それで子供のシャツ くつ下
アメ玉の一つを買わんと
夏の頃より
百日を待ちつつ働き――[#「――」は底本では「―――」]