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相撲と力学
すもうとりきがく
作品ID61014
著者寺田 寅彦
文字遣い新字新仮名
底本 「寺田寅彦全集 第十二巻」 岩波書店
1997(平成9)年11月21日
初出「東京朝日新聞」1908(明治41)年5月28日
入力者砂場清隆
校正者木下聡
公開 / 更新2022-05-10 / 2022-04-27
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


 力学というのは物体に作用する力の釣り合いや力の作用によって起る物体の運動を数学的に論ずる六かしい学問である。天地万有が活きて動いて変化している間はこの力学の応用はあらゆる学術技芸に一日も欠く事は出来ぬ。相撲は人間の体力の活技で、一方から見れば霊妙な複雑な器械の戦いである、いずれにしても運用する力はいわゆる器械力で、力の作用する目的物は質量を有する物体だから、やはり相撲も力学の広い縄張の中へ入れても好かろうと思う。人体諸機関の活動を支配する脳神経の作用は別として、人間の五体殊に手足のごときものを力学的に見ればただ複雑な槓杆の組み合せだと云うことも出来る。槓杆の効用は人の知る通り、昔の力学者が「適当な支点を与えてくれれば地球もころがして見せる」と威張ったのは槓杆の効能を極端に云ったものである、だから適当な槓杆と支点を与えれば虻の力で大象も動く、美人の繊手で横綱も釣上げられる。しかし四本柱の中で使用を許されているのは人間が生来持参の槓杆ばかりであるから槓杆に制限があって破天荒の芸は出来ぬが、有りだけの力を出来るだけ有効に使って強敵を倒そうという場合にはつまり槓杆の原理が役に立って来る。されば敵手の身体の何処を捕えて何処に力を加えるが有効かという四十八手の裏表には数学者のひねり出した力学上の原理が籠っている、力士は知らず識らずこの原理を応用しているのだ。更に四十八手を分析したら槓杆の原理のみならずあらゆる力学上の原理の応用が見つかるに相違ない、例えば体量の少ない力士が大きい敵手にぶつかる場合には速度の大小でどれだけの効果があるかという事あるいは敵の運動量を利用して強敵を倒す事など物好きな学者の研究によって明らかになりそうな事である。西洋にはこういう事にも熱心な学者が多く、玉突、テニス、砲丸投等の技術を力学的に研究した例は乏しくない。相撲が特有の国技である以上はどうか我国の学者の研究によって四十八手の力学を明らかにしたいものだ。
(明治四十一年五月二十八日『東京朝日新聞』)



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