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天然色写真新法
てんねんしょくしゃしんしんぽう
作品ID61016
著者寺田 寅彦
文字遣い新字新仮名
底本 「寺田寅彦全集 第十二巻」 岩波書店
1997(平成9)年11月21日
初出「東京朝日新聞」1907(明治40)年9月21日
入力者砂場清隆
校正者木下聡
公開 / 更新2022-03-18 / 2022-02-25
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 今度仏国のリュミエール会社で天然色写真の種板を売り出した。ただ一枚の板で真物同様の色彩が写されるというのがこの種板の優れた特色である。風景なり人物なり、これで撮って適当な薬液で現像すれば蒼い空に浮く雲も、森の緑、野の花の黄紅白紫、ないしは美人の頬の桜色でもすぐに種板に現われるというのは愉快である。
 同会社でこの発明に成効しいよいよ種板として売り出す今日までには三年間の苦心をしたという。今この種板の製法より、如何にして原色が写るかという事を述べる前に、先ず従来の天然色写真はどんなものかという事を簡単に御紹介したい。
 天然の色彩を写したいという事は写真というものの開闢以来の希望であったが、始めて一つの名案を出して喝采を博したのは仏のリップマン氏である。氏の考案は光がエーテルの波動だという事を基礎としたもので、理論上実に巧妙なものである。そして単に考案を立てたばかりでなく、実際に色の写った写真を撮って当時の耳目を驚かせた。その方法は、一種特別な種板の裏を水銀で蔽い、これで普通写真のように撮影した後現像すれば、種板を通って水銀に当る光線と、それから反射する光とが互いに干渉して種板の薄い膜の中に微細な縞が出来る、この縞の精粗は光の色によってちがう。かくして得た板を適当な方面に照らしてみれば、この縞のために起る光の分散によって原色が見えるというのである。これは大変にうまい法だが難儀な事にはこの種板を作るのがなかなか六かしい。そして強い光でないとよく感じぬ、普通の花や人物でも撮るには非常な長時間かかる。その他いろいろ六かしい事があって普通の人の手に畢えぬ方法である。それでリップマン氏は昨年第二の方法を案出して発表した。その方法も理論上面白い法であるが、出来上がった板をそのまま見るのではなく、かなりに面倒な器械で覗いてみなければならぬので、到底一般には行われそうもない。
 先ず従来の天然色写真でやや成効し、且つ用いられたのは、雑誌の口絵などで御馴染の三色版である。これは多くの人の知る通り一枚の絵を得るために三枚の写真を撮る。それぞれちがった色硝子の障子で天然の色を三通りに濾し分け、別々に撮った三つの写真版を赤黄青の三色で重ね刷りにするという趣向であって、絵具の調合などが巧みにゆけば相応に天然に近い色が出来る。なおこの種のものには一枚の原色版のために六枚以上種板を使うのもあるそうな。
 しかるに今度新発明の種板はただの一枚で原色が写るのが面白い。この方法の種明しをすれば、高尚な学理も何もない。ただ三色に染め分けた澱粉を使って一枚の板を三枚に代用するだけの手品である。
 先ず細かい粉のよく揃った澱粉を青赤黄の三色に染め分け、これを適当な割合で丁寧に混合する。すると三色の粉はすっかり一様に混じてもはや三色は別々に見分けが付かず、一体に灰色を帯びて見える。この混合した粉を硝子…

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