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無線電信の近状
むせんでんしんのきんじょう
作品ID61019
著者寺田 寅彦
文字遣い新字新仮名
底本 「寺田寅彦全集 第十二巻」 岩波書店
1997(平成9)年11月21日
初出「東京朝日新聞」1907(明治40)年9月17日
入力者砂場清隆
校正者木下聡
公開 / 更新2022-01-13 / 2021-12-27
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 無線電信というものは一体どうして出来るものかという事は今ここで喋々せずともの事であるが、順序として一応簡単に云ってみれば、発信所で一つ大きな電気の火花を飛ばすとその周囲より空間全体に瀰漫するエーテルに一種の波動を起し、この波動はエーテルを伝わって八方に拡がる。その有様は丁度静かな池の面に一つの石を投げ込んだ時、そこから起った波が次第に大きな輪となって拡がって行くようなものである。池の波紋が遂に汀に達すると、そこに浮いている木の葉や板片が動揺し少時してまたもとの静平に復する。電気の波はもとより眼にも見えず耳にも聞えぬものだが、特別な受信器にはよく感じその器械の中で電気の動揺が起る。これだけの事を利用して通信の目的を達するに必要な物は、第一に発信所で電波を起す装置、第二に電波をなるべく遠方に達せしめるようにする仕掛け、第三には受信所に達した電波を受取る道具、第四には受取った電波に感じてあるいはベルを鳴らしあるいは符号を書いて電波の来た事を知らせる器械とこの四つが主なものである。
 先ず第一に電波を起すために従来多く用いられたのは、いわゆる火花式またドイツのテレフンケンシステムと称するもので、すなわち感応コイルを用いて強烈なる火花を起し、その放電によって電波を生ずるのであるが、かくして起った波は不規則で、波の始めが強く終りが弱く消えてしまう。もしこんな風でなく始終強さの変らぬ規則正しい波を作る事が出来れば種々の便がある。それで近年になって規則正しい波を作る工夫が色々出来た。すなわちアーク灯の陰極になっている炭の棒を不断廻転させ、陽極には金属の棒を用い、これを水素または炭酸瓦斯で包んでなお強い磁力をアークの光部に作用させる。そしてこの陰陽両極の間を適当な電路で接続するとこの電路に規則正しい波が起るというのである。また近頃マルコニ氏はアーク灯などは用いず従来の火花式を少し変更すれば容易に規則正しい波を生ずる事を発明したと伝えられる。
 第二に前述の発生器で生じた波動を空中に伝える物は、アンテナと称えて高い柱に張った針金である。従来はこのアンテナより発する電波はいずれの方向にも拡がって行くので一定の目的地の方角のみに送る事は出来難かった。反射鏡など使っても駄目であったが、近頃マルコニが作ったアンテナは従来の物のごとく垂直に立てず却って大部分を水平に張ったもので、これを用うればほとんど一定の方向にのみ波を送る事が出来るそうである。またもう一つの方法はブラウン氏の発明で、これは三本の垂直なアンテナから同時に波を送り、三つの波を互いに干渉させ、その結果ある方向に最も強い波の起るようにしたものである。
 第三に受信地で電波を受取るにはやはり前述と同様なアンテナを用うるのであるが、これも前のマルコニ式の水平なのを用うればいずれの方角から波が来るかという判断が出来るそうである。

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