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作品ID61053
著者中野 鈴子
文字遣い新字新仮名
底本 「中野鈴子全詩集」 フェニックス出版
1980(昭和55)年4月30日
入力者津村田悟
校正者かな とよみ
公開 / 更新2025-05-11 / 2025-05-06
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)

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本文より


わたしは子供のとき大変な甘えん坊で
そしてあまやかされて育っていた
あそびから帰るとすぐ母を呼び母をさがした

母はわたしをはなれて出かけることはできなかった
泣いて叫んでじたばたしたから

けれどもスッカリ変わってしまった
わたしは母を呼ばなかった
母には何もなかった
あふれて流れる泪を拭いてくれる手も
伸びつつ円くなってゆく体の
体のなかのやわらかな芽生えも母には何も見えなかった
ただ娘の年齢だけを数えていた

髪も結ばず壁に頭を押しつけ
物も食べずにいたとしても母は何の言葉もかけはしなかった
ただ外へ出ようとすると満身の力で引きずった
そうしてわたしをねじ伏せたのだった

恐怖と苦痛
命がけのさからいと呪いとの
あかるい夏の日と
ながい冬の夜との
恐怖と苦痛の中へ

母よ
あなたは娘を突っ放し
見て見ぬ振りをしていた
父のうしろにかくれ娘を見ようともしなかった

母とは何だろう
母は父の前に顔を赤らめたであろうに
父は若い男であり 母は若い女であったはずなのに

わたしには何があったか

そして過ぎてゆき
家つき娘の母と年よった娘との日ぐらし
ながい年月の夜明けと日の暮れ

母は死んだ
そして
どうしてわたしはこんなにかなしいのだろう

母は死の床に
田んぼを田んぼをといいながら

家と田んぼと
そのことばかりが何よりののぞみだったように

かぼそくやせた小さい姿だけが思い出される
「鈴子や」 母の叫び声がきこえる
わたしは母に死に別れてしまった



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